第60話 仕事熱心な侍女と雪の中で遊ぶ少年


 ユナとサシャは戻してもらった翌日はおどおどしていたが、今ではライリーともそれなりに打ち解け、しっかりと仕事をしてくれている。


「御髪を拭かせていただきます」

 彼女たちはミーシャの濡れてしまった長い髪を丁寧に、拭き取っていく。

 強い風雪が壁を何度も打ち揺らす。大きな音が鳴る度にみんなで肩を跳ね上げる。


「吹雪いてきたわね」

 濡れた顔は自分で拭きながらミーシャは悪天候に不安を覚え、視線を外の庭に向けた。

 白い世界に浮かび上がったのは、金色の髪の少年だった。


「ノア皇子……!」

 小さな皇子は吹雪など気にする様子もなく、庭で白い仔犬と遊んでいる。他に人の姿はない。たった一人だ。

 声をかけようと急いで庭に行こうとしたら、ユナが手を伸ばして止めた。


「ミーシャ様、皇太子様も陛下のように魔力に長けており、寒さにお強いです。遊んでいらっしゃるだけです」

「でも……」

「ちゃんとそばで見守る侍従がいるので大丈夫です。それよりもミーシャ様は早くお部屋へ。閨の間で陛下をお迎えしなければ。伽の準備を致しましょう」

「伽の準備って……」

 うっかり、リアムの艶めかしい姿や仕草を想像してしまった。熱くなった顔を拭いていた布で隠す。


「ミーシャ様、我々にお任せください。陛下が満足するように私たちは、最・大・限! お務めさせていただきます!」

 

 侍女に戻ってからの彼女たちは、人が変わったようにミーシャに好意的で、仕事熱心だ。もともと、陛下のために尽くすことが生きがいなのだとその様子から伝わってくる。



 *


『ミーシャ様。大変申し訳ございませんでした』

 そう言って、二人はミーシャに平伏した。

『寛大なお心をお持ちのミーシャ様に救われた命です。心を入れ替え、誠心誠意尽くさせていただきます』

 彼女たちは、ミーシャが止めなければ皇族が贈ったドレスを破った罪で、命に関わるとても重い罰を受けるところだった。実家も取り潰しになっていただろうと宰相のジーンは淡々と説明した。

 

『二人とも、もう済んだことです。これからよろしくね』

 声をかけるとユナとサシャは顔を上げ、ミーシャに切羽詰まった様子で言った。


『今回は、指示を賜りました。ミーシャ様は陛下の唯一無二の宝。傷つけ失うこと憚れる。心して尽くし、磨き上げよ。次はないとのことです』


 二人にドレスの件を指示したのは陛下の色とよく似た碧い瞳の男だったという。碧い瞳を持つ者はこの国では王族以外いない。身なりもよく、王族しか立ち入れない場所から出てきたが、見ない顔で誰かはわからなかったらしい。侍女の立場でどなたですか? と名前と身分を尋ねるのは憚れた。

 

 陛下が婚礼を嫌がっているという話を聞かされてそれを信じ、指示にしたがったと自供した。ただ、その男が誰だったのかはまだわかっておらず、裁くには証拠が不十分だった。

 二人は本来ならずっと監禁処置になるところを、ミーシャの頼みごとのおかげで、彼女たちは自由の身になれたのだ。


『指示した者は誰かわかっていないままだ。だから、口封じ《始末》されないように己で気をつけ、我が寵姫にその身をもって敬意を示せ』

 リアムは冷たい言葉で二人を突き放したが、ミーシャの侍女になれば結果、監視と間接的にリアムが守ることになる。彼なりの温情だった。


 *


 ミーシャに頭を下げたとおり、彼女たちは実行したのは自分たちだと深く反省していた。磨けと言われたからか、二人はミーシャをとても飾り立てた。身動きが取れず不便になるくらいに。

 それで、薬草摘みはライリーと二人で出かけ、イライジャのそばで待機させていた。


 彼女たちを許したのは良いけれど、ここまで陛下贔屓だと逆に怖いな……。


 今日の寝間はどうしましょうと二人からうきうきで話しかけられて愛想笑いを返す。

「さあ、もうあまりお時間ありませんよ。陛下のお戻りまでに夕食と湯浴みを済ませ、全身に香油を塗りたくり、髪を整え、陛下を虜にする刺激たっぷり官能的な膚着をお召しにならなければ!」


「こ、子供の私にはまだ刺激たっぷりな下着は早いかと……ね、ライリー?」

 助けを求め頼みの綱の侍女に目を向ける。が、

「子供みたいだからこそ、必要かと。ですよね、ユナとサシャ」

 ライリーはあっさりと主を裏切った。

 

 侍女三人は、仲よく首を縦に振って、るんるんでミーシャをどう着飾るか話し合っている。

 うん。女子って、打ち解けると仲よくなるの早いよね……。


 ミーシャは首をがっくりと落とした。

「母国に、帰りたい……」

「「「だめです!」」」


 母国フルラに帰れないのなら、ここから動きたくない! と、散歩を帰りたがらない犬のように足に力を込めて踏ん張り突っ張ったが無駄だった。三人の侍女はミーシャの腕を取り、平気で主を引きずり回廊を進む。

 ミーシャは庭で仔犬と遊ぶ皇子の笑顔に後ろ髪を引かれながらも、部屋へ戻るしかなかった。



「……で、何でノアは一人で遊んでいるのか、知りたいと?」

 夜の帳が降りると、執務を済ませたリアムが部屋へ戻ってきた。

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