第61話 温かい飲み物で癒されて
日中は隙のない装いのリアムが、ミーシャの前ではゆったりとした服装に着替え、しかも和んでいる。お風呂上がりの彼からは石けんの爽やかな香りがした。
しっとりと濡れた銀髪は美しく、彼の美しさを再認識させる。ミーシャは目のやり場に困った。
「ノア皇子のことは気になります……」
答えながら、直視しないように視線を逸らし、今するべきことに集中する。
ミーシャは暖炉の前で寛ぐリアムのために、身体が温かくなる柑橘系の温かい飲み物を淹れた。
「陛下。よかったら召し上がってみてください」
彼は皇帝という立場なのに、毒味を誰かにさせることなくミーシャが出した飲み物を平気で口にする。
今日も何が入っているか疑う様子もなく、カップを持つと一口飲んだ。
「……この味、懐かしい」
「爽やかな香りがするでしょう? 祖国から持ってきました。フルラ原産の果実なんですが、絞った汁と皮をはちみつと砂糖で長く漬け置いたものです。お湯で割ったものですが、ご存じでしたか?」
「ああ。昔飲んだことがある」
「身体を芯から温める効能があるんですよ。陛下にぴったりな飲み物です」
リアムは美味しいと零し、一口ずつ、味わいながら飲んでいく。
本当は彼がこの飲み物が好きだと知っていた。幼少の彼に飲ませ教えたのがクレアだからだ。
リアムの表情がいつもより緩んだ気がした。
「質問は、ノアの件だったね」
「はい」と答えると、リアムからすぐに「気にしなくていい」と返ってきた。
「……陛下のそばには、幼少期からジーン宰相やイライジャ侯爵がいらっしゃいましたよね。ノア様、友だちと遊びたいお年頃だと思いまして。お一人は、可哀相に思います」
「あれの母親が、子育てに口を出すなと言っている」
「陛下にも口を出すなと?」
リアムはカップを静かにソーサーに戻しテーブルに置くと、ミーシャを見て「出すけどな」と言った。
「ノアは一人ではなかっただろ? あの子には雪の精霊獣をそばに置いている」
「もしかして、あの白い仔犬!」
「仔犬じゃない、小さな白狼だ」
ミーシャが操る炎の鳥も小鳥だったり、大きかったりと種類は様々だ。
「精霊獣の白狼! 陛下も操るんですか? ぜひ見てみたいです」
リアムは「機会があればな」と言って、足を組み、椅子の背にもたれた。
「あの子がもう少し大きくなったら魔力のコントロールのしかたを教えるつもりだ」
「教えるって、陛下。体調は大丈夫なんですか?」
ただでさえ、病を患い、忙しい身だというのに。教える間があるのだろうか?
「体調か。おかげさまで、体温は下がっていない」
触ってみる? と言いながらリアムはミーシャに向けて手を伸ばした。そっと、彼の腕に触ってみる。
「……そのようですね」
ミーシャは毎晩、炎の鳥と自分の魔力を使ってリアムを温めている。その効果か、氷に触れたみたいだったリアムの体温は、温かさを感じられるくらいになっていた。だが、まだ人並みの体温にはほど遠い。
「この雪は、陛下が降らせているんですか?」
「いや、逆だ。俺が今、魔力を使って気象を操っていないから降っている」
「そういうことですか……」
ミーシャは頭を垂れた。
てっきり、以前の状態に戻ったのかと思った。体温が戻りつつあるのは、リアムが魔力を使っていないことが理由で、自分の治療の効果ではなかった。
「私が魔力を使わないで欲しいとお願いしたから、その方法を試してくれていたんですね。ありがとうございます」
リアムは窓の外を指さした。
「結界はそのまま、魔力を注いでいる」
「……そのようですね」
「力を使うなと言うから結界以外は控えてみたが、雪はあと数日が限界だろうね。今日よりも明日、気温は下がり続け、降雪量は日に日に増えていくはず。このままでは氷の宮殿も帝国も雪で埋もれ、被害がでる。だから、近々魔力を使って雪を止める。結界もより強化するつもりだ」
「え、結界も?」
リアムは頷いた。
「最近、招かれざる客が来たみたいでね。敵意を持つ者だけではなく、敵意があった者も帝国には居られなくしてやろうと今考えている」
招かれざる客? ……自分たちのお披露目パーティーの時だろうか?
「陛下。でもそんなことしたら……」
「凍化は進むだろうね」
「無理はだめです」
ミーシャは、きつめに進言した。
「俺は、まだ大丈夫だ」
リアムは立ち上がると、ミーシャを見下ろし微笑んだ。
すっと、彼の手がミーシャの頬に伸びてくる。
「俺の手、冷たくないだろ?」
「今は、そうですが……」
「ミーシャ。今日も、可愛い格好だね」
リアムはさらりとミーシャを誉めてきた。
「……侍女たちが、陛下のせいでとても張り切ってくれたからです」
「髪に、触れてもいい?」
「……もう、触ってるじゃないですか」
髪の手触りを楽しむように、リアムは手を滑らしていく。
ミーシャはくすぐったくて、手で彼の手を払い除けようとしたが、逆に掴まれてしまった。
「あたたかい飲み物、美味しいかった。また淹れて欲しい」
「陛下のためなら、いつでも」
「ありがとう」
ミーシャの指先に一瞬、リアムの柔らかくて冷たい唇が触れる。近くで熱く見つめてきたかと思うと、ふっと視線を逸らし、手を離した。
……触れた手はあたたかった。けど……限界は変わらず近いはず。魔力を使わせない方法を早く見つけないと。
先にベッドへ向かう彼の背を、ミーシャは不安に思いながら見つめた。
【※おしらせ※】
『炎の魔女と氷の皇帝』をここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
このあとのベッドでの二人の様子は、カクヨム運営さまのキャンペーンに便乗し、サポパスで公開です。『限定近況ノート』で見られます。(本編の話とは関係ないため泣く泣くカットしたエピソードです)リアムはミーシャを「猫撫で」して怒られます。リアムとミーシャ推しのやさしい方がいらっしゃったら、良かったら覗いてみて下さいね。引き続き、どうぞよろしくお願いします!
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