第59話 色気は、必要ありません!


 ライリーは「大声出すなんてはしたない。ミーシャ様はいつまで経っても公爵令嬢としての自覚が足りない!」とぶつぶつと小言を続けた。


「……私、いまいち、陛下のお心がわからないのよね」

 服に着いた雪を払い落としながらミーシャは呟いた。


 治療が目的でそばにいるだけなのにリアムは、本当の妃のようにミーシャを大事にしてくれる。クレアの親族、ガーネット家の娘という理由にしては、特別扱いが過ぎる。


 ミーシャはここから遠く離れた庭の端で、雪の像のように直立不動でいるイライジャを見た。彼は外からの侵入者とそして、魔女のミーシャを警戒している。


 リアムもミーシャを『大事』にしながらも実は、『警戒』しているのかもしれない。

 魔女の私に寝首を掻かれないように、監視するためにそばに置いて……


「……陛下のお心ですか。つまりミーシャ様は子供ではなく、もっと女性として見られたいと?」


 考え込んでいる間に、ライリーの小言は止まっていた。目を向けると温かみのある眼差しでミーシャを見つめている。

「ち、違う! え。なんでそっち系にいったの?」

「だって。仮とはいえ婚約者で、年頃の娘と同じ寝具で夜を共にしているのに、陛下ったらミーシャ様にまったく、手をお出しになっていらっしゃらないでしょう?」

「だから、なんでそれ、わかるの?」

「わかりますよ。ミーシャ様、色気が皆無ですもの」

 皆無。と言われミーシャはそっと自分の身体を見た。

 ……確かにがりがりのぺったんこだ。


「一緒の夜を過ごしだして一週間。なのにミーシャ様は夜になるのを憂い、慣れないと叫んでいらっしゃる。やさしい陛下のことです。手はだせないだろうなって。子供っぽすぎて」

 くっ。言い返せない……。

 

 クレアだったときは、大魔女として常に気を張っていた。そのせいか、歳よりも大人ぽいとよく言われたが、ミーシャとして生まれ直してからは、なぜか言われない。

 この薄い朱鷺色の髪のせいかしら?

 ミーシャはこほんと、わざとらしく咳払いをした。


「誰になんと思われようとかまいません。私と陛下はそういう仲ではありませんし。患者と患者を治療する者です。色気は、必要ありません!」

 ライリーは「本当にそう思っていますか?」と、にやにやしながら聞いた。

 主に対して失礼だが、気心が知れている仲だ。そのまま言葉を続ける。


「もちろん思ってます。同じ部屋の理由も納得しています。治療優先で考えた場合、部屋を行き来するより一緒の方がいいからです。だけど、一緒に寝る必要はあるかな?って。……魔女の私を、警戒しているのかもしれません」

「警戒? 陛下とミーシャ様では魔力に差がありすぎて、お相手にもならないかと」

 ライリーの言うとおりで、またも言い返せない。

「では、お互い命を狙われているから! それもちょっと、過保護というか、どうかと思うけど……」

 ミーシャが腕を組み唸っていると、ライリーはそっと、耳打ちした。


「……陛下は幼少のときの自分を悔いていらっしゃるのでは? オリバー大公殿下に襲われ、ご自分が気を失ってしまったために、クレア様を失ったと」

 ライリーの言葉にミーシャははっとなった。

「ご自分が眠っている間に、また、あなた様を失いたくないのでしょう。別の部屋なんて、もっての他なのですよ」

 クレアの生まれ変わりだと事情を知るライリーの言葉は胸に刺さった。

 彼は目の前で師を失い傷ついている。彼のやさしさと仕草にどきまぎして忘れていた。一番、忘れてはならないのに。


「……守ると言いながら、私が守られているのね」

「ここに来て日は浅いですが、陛下がやさしさと、責任感の強いお方だということは私でも十分わかりました。ミーシャ様が仰っていたとおり、リアム皇子は素敵な陛下になられたんだと思います」

 ライリーの優しい言葉にミーシャは少しだけ救われた。「そうね」と同意を返す。

 リアムは立派だ。……痛いくらいに。

 かつての弟子は、人を想う素敵な陛下になられた。しかし、彼自身は心が凍ったままで過去に囚われている。


「私は大丈夫だと、もっと陛下にわかっていただかなければ。クレアより弱いけれど……」

 魔力は乏しい。操れる炎の鳥も小さい。それでも大丈夫だと、リアムを安心させてあげなくては。


「陛下のお心を知りたければ直接お聞きくださいね。と言うことで戻りましょう。私、寒くて風邪引きそうです」

「ライリーが風邪引いたら、私が看病してあげるわね」

 ライリーは目を見張ったあと、顔を綻ばせた。

「ミーシャ様に看病してもらうなんて、とんでもない。でも、お心はとても嬉しいです。ありがとうございます」

 深々と頭を下げた。

 

 横殴りの風が白い雪を巻き上げさらっていく。急に雪の量が増え、前が見えず真っ白だ。ミーシャたちは急ぎ部屋に戻ることにした。

 

「ミーシャ様。回廊はもうすぐそこです。入って、雪をしのぎましょう」

 無事建物内に入ったころにはミーシャもライリーも全身真っ白だった。雪を払い落とし、炎の鳥を呼ぶ。

「ミーシャ様、お帰りなさいませ。これをお使いください」

 大きな布を数枚持ってきたのは、リアムに頼んで侍女にしてもらった、ユナとサシャだった。

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