第58話 陛下からの条件


 触れられている手は氷のように冷たい。魔力の使いすぎは明らかで、ミーシャは彼の手をぎゅっと握り返した。


 いつもより力のない、とろりとした眼差しでリアムはミーシャを見つめてくる。視線を少し下げれば、襟が緩められたことで露わになった首筋と、子供のころにはなかった喉仏が見えた。目のやり場に困り、顔を逸らした。

 

 照れている場合ではない。ミーシャは気持ちを震い立たせ、柔らかくて手触りのいいベッドシートにもう片方の手を置いた。


「納得も何も、陛下のお心のままに」


 ゆっくりとベッドに足を乗せ体重をかけると、きしっと小さなひずみの音が耳に届いた。平静を装うが、本心は逃げ出したかった。おそらく今、顔は朱に染まっている。

 部屋は薄暗い。顔色の変化はわからないと自分に言い聞かせ、それよりも早く処置をしようと、ミーシャは急いで暖炉から炎の鳥を数羽、呼び寄せる。

 上半身を傾け、リアムにもっと近づいた。


「陛下。弱っているなら早く、そう言ってください」

「このくらい平気だ」

 ミーシャは炎の鳥を一羽取り込むと、朱く染まった手でそっと、リアムの胸に押し当てた。


「強がりはいけません」

「いや、本当にこのくらい大丈……、」

「素直じゃないですね。治療に協力してくれるんでしょう? 前にも言いましたが、患者さん本人が前向きに治す気にならないと、良くなるものも良くなりません!」

「……うるさい。ジーンみたいな小言はいらない」


 リアムがいきなり起き上がったため、そばにいた炎の鳥は驚いて羽ばたき離れた。彼はミーシャの手を引くと、そのまま柔らかいベッドに押し倒した。

 シーツの中に身体が沈む。天井ではなく、リアムのきれいで整った顔が視界いっぱいに映る。何が起こっているのか瞬時には理解できなかった。

 

「これでわかった? 弱ってなどいない」

 降ってきた声は低く甘美で、ミーシャの心を弄ぶには十分だった。

 ……きっと、身体が燃えるように熱いのは、炎の鳥を取り込んだせい。

 ミーシャはリアムを睨み見た。なんとか起き上がり逃れようとしたが、暴れるほどに、リアムが身体を固定してくる。両手はベッドに縫い止められてびくとも動かない。


「このまま、朝方まで起きていられる体力はある」

「この態勢で? 絶対嫌です!」

「……絶対嫌って」

「だめです。陛下は横になって寝るべきです」

 リアムはふっと笑った。

「こんな状態で、まだ俺の身体を心配しているんだ?」

「あたりまえでしょう? 遊んでいないで早く暖かくして寝てください」

 ふいに抑えられていた手の圧が和らいだ。ベッドに縫い留めていた手の拘束をリアムが解いたのだ。

「ミーシャもな。子供はさっさと、黙って寝ろ」

 彼はそばに転がっていた柔らかい枕を掴むと、「ぬいぐるみ代わりだ」と言って、ミーシャの胸に押しつけた。


 子供扱い! と驚いてしまったが、でもそうだったと思い直した。つい、同世代と錯覚してしまうが、リアムと自分の歳は逆転している。彼の方が今は十歳も年上だ。

 彼からしたらミーシャなど、子供にしか見えないのはあたりまえだ。ならばと、枕を抱きしめたまま口を開いた。


「わかりました。今夜一晩くらいなら、一緒のベッドで寝ることも耐えます。だから、一つ、おねだりをしてもよろしいですか?」


 リアムは驚いた顔でミーシャを見下ろした。

「陛下は先ほど、自分を頼れと言いましたよね。お願いをしろと」

「言ってみろ」

 ミーシャは身体を起こすと、リアムをまっすぐ見つめて言った。


「ユナとサシャを私の侍女に戻してください」

 リアムの視線がミーシャが着ているドレスに移る。

「このドレスを破った者たちを?」

 こくりと頷いた。

「彼女たちの処分についての話は、まだできていなかったので、気になっていたんです」

 リアムはドレスに手を伸ばした。縫い目はきれいに処置をしているが、やはり近くで見ると切られたことがわかる。触って確かめる彼の目が険しくなる。


「二人はまだ取り調べ中だ。それが終わって問題なければ、戻してもいい」

「陛下、ありが……」

「ただし条件がある」

「条件、ですか?」

 リアムは視線をミーシャに戻すとにこりと笑った。そして、出してきたその条件は……



 *・*・*


「陛下からの条件は一晩だけではなく、毎夜同じ部屋とベッドを共にする。だったのですよね。慣れるわけないと叫ばれても困ります」


 ライリーは、こともなげにさらっと言った。


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