第57話 部屋が豪華絢爛な理由
*・*・*
一週間前、お披露目パーティーのあと氷の宮殿の庭を横切り、リアムはミーシャを部屋まで送った。そのまま立ち去ると思ったが、なぜか彼は部屋に入って暖炉の前の長椅子に腰かけた。
「……陛下。今日はもうお疲れですよね? 魔力と凍化病ついてのお話はまた日を改めましょう。お休みになられてはいかがです?」
今から話をしていては夜更けになる。身体に支障が出ると思い伝えたが、リアムの顔は無表情のままだった。上着を脱ぎ、装飾品を外すと、詰めていた襟のボタンを外した。
「陛下? あのっ! 私の話、聞いています?」
「聞いているよ。休めだろ」
「そうです」
「ミーシャは座ってろ。今、暖炉に火をつける」
「温まった方がいい」と言いながら陛下は暖炉の前に座り自分で火をつけて、薪を焚べていく。
「私は、大丈夫です」
「……そうだった。俺がミーシャの身体、冷ましてあげようか?」
「結構です!」
手際よく作業を終えた彼がこちらを向いたため、顔をぱっと逸らして背を向ける。
「とりあえず、座って」
リアムの声を背中越しに聞いた。
「陛下はもう、ご自分のお部屋でお休みになってください」
居たたまれなくて、はっきりと伝えてみたが、
「俺の部屋はここだ」
予想外の返事にミーシャは思わず振り返り、リアムを見た。目が合って固まる。
「え。だって今朝、陛下自らここへ案内してくれて、私の部屋だって……」
「そう。ミーシャの部屋でもあり、俺の部屋。というか、もともと俺の部屋だ」
「……ご冗談を」
「俺が冗談を言うと思うか?」
ミーシャは黙った。リアムは余計なことは言わないと知っている。だが、頭でわかっても心がついていかない。認めたくないと拒否をする。
「説明するから座れ」
ミーシャは頷くと、どこに座るか迷った。さっきまでリアムが座っていた長椅子は彼がまた座るかもしれない。一人掛け椅子は暖炉に近く上座だ。寒いならこちらへと勧めた方がいいだろうか。
悩んだあげく、その場にぺたりと座り込んだ。
「は?」
予想はしていたが、想像以上の冷たい視線を感じた。だが、これくらいではへこたれない。ぴしっと背を伸ばしリアムを見上げる。
「お構いなく。お話をどうぞ」
「いや、構うだろ」
リアムは、はあっとため息を吐くと髪をくしゃりと掻きむしった。
ああ、きれいな髪が乱れた。何て思っていると、目が合った。
ミーシャを見つめる目が真剣だ。まるで、自ら肉食動物の前に出てしまった捕食動物の気分だった。動けずにその場で固まって様子を伺う。
「こっちに来い」
「嫌で……」
「椅子に座るのが嫌なら俺がそっちに行く」
リアムはミーシャの前に移動すると、同じように床に座った。
「陛下、床に座るなんて! どうぞ、椅子へ」
「戦場に出れば、土の上や雪の上で寝る。床なだけまだいい方」
「ここは戦場じゃありません!」
「戦場のようなものだ。油断すると寝首を搔きにくる者がいる」
「……どういう意味ですか?」
血の気がさっと引いた。
今までに何度も危険な目にあったのだろうか?
氷の皇帝リアムは臣下に慕われていると、今日ここに来てよくわかった。敵より味方の方が多いこの場所でも心休まらないということか。
正座したまま下を向く。ミーシャが考えこんでいると、リアムは薄く笑った。
「脅すようなことを言ってすまない。大丈夫。ミーシャのことは俺が必ず守る。だからこそ、同じ部屋。わかった?」
子供を諭すような、優しい声だった。ミーシャはドレスの裾をぎゅっと握った。
「まだ、承服しかねます」
「ここは陰謀渦巻く宮殿ってことだ」
陰謀と言われ、真っ先に浮かんだのはノアの母親、ビアンカ皇妃だった。
「陛下と私の間に子供ができれば、不都合な人がいるって事ですね」
息子を冷たい目で見下ろす彼女がどういう感情を抱いているのかは図りきれなかった。眉間に皺を寄せていると、
「ビアンカ皇妃には、成人したノアが望めば、王位はすぐに譲ると伝えてある」
皇帝という立場に未練はないと、リアムは淡々とした口調で言った。
「ビアンカ皇妃のことは気にしなくていい。ただ、今夜は来賓が多い。警戒は強めているが、用心にこしたことはない。守るなら自分がそばにいるのが一番だ。違うか?」
確かにパーティーの最中に一瞬、自分に向けられる嫌な視線を感じた。だが、何か合ったわけではない。気のせい程度だが悪意の視線があったと報告した方がいいだろうか? 思考の海に沈んでいると、リアムがのぞき込むようにミーシャに顔を近づけてきた。慌てて後ろに仰け反り距離を取る。
「一緒の部屋に納得したならもう、ベッドに行こうか」
「一つも納得していません!」
反射的に答えていた。すると、リアムはくすっと笑った。そして、楽しそうに目を細めてミーシャを見た。
「守ってくれるんだろ? 俺から逃げてどうする」
「人を、からかう陛下が悪いんです」
リアムは「わかった」というと、立ち上がった。
「先に俺がベッドにいる。あとから来い」
「どうしてそうなるんですか!」
「俺が近づくと逃げるからだ」
「……私は長椅子で寝ます」
「却下だ。床もだめだ、衣装部屋も。ベッド以外で寝るなら強制連行する」
リアムは広い部屋を移動して、天蓋付きのベッドに向かってしまった。
これは、添い寝。クレアだったときに六歳のリアムにしてあげた。
ちょっと大きくなって、今年二十六歳なだけ。だから、問題ない!……はず。
ばくばくと心臓が胸の奥で暴れている。ミーシャはゆっくりと、リアムの待つベッドに移動した。
リアムは広いベッドの上に仰向けで寝転び、目を閉じていた。長いまつげにきれいな肌。規則正しい呼吸音。
このまま眠ってくれたら良いのにと思っていると、ミーシャの気持ちを読んだのかリアムの目が開いた。
「ミーシャ」
「はい」
「その格好、ドレスで寝るのか?」
「……陛下がこの部屋にいるなら、しかたありません」
「そうか」
「部屋を出て行ってくれるなら着替えます」
「俺の部屋なのに俺を追い出すな」
「だいたい、なんで部屋が一つなんですか? 後宮は?」
来賓がいるのは今日だけ。明日はぜひ別の部屋がいい。
「後宮? ない」
「ない? なぜ!」
「廃した。必要ないからな」
先帝の妃、ビアンカだけは専用の後宮がある。しかしそれ以外は不要だと、リアムは言った。
「先々帝、俺の父親のときから後宮は廃れ、機能していない。王が短命で入れ替わりが激しいのが一因だ。俺が即位してすぐに、経費ばかりかかる不要な後宮は取り潰した」
先々帝が身罷られたあと、王妃、リアムの母親はどうなったのだろうか?
質問していいのか迷っている間に、リアムの手がミーシャの手に触れた。驚いて彼を見る。
「これで少しは納得したか?」
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