第56話 陛下の治療開始


 グレシャー帝国に来て一週間が経った。

 到着初日から色々あったが、今ミーシャが頭を悩ましているのは、リアムの治療についてだ。

 ミーシャは、氷の宮殿から出る事ができず、部屋に引きこもって大量にある本を読み、薬を作って過ごした。


 ライリーが渡してくれた羽織を肩にかけ、バルコニーに出て、炎の鳥を呼ぶ。


「遠くてごめんね。フルラ国までお願い」


 小さな炎の鳥の足に調合した少量の薬を結びつけ、雪降る空に解き放つ。

 リアムが操作しているという気象だが、最近は青い空を見ていない。ずっと、白い雲がたれ込み、吹雪いている。


 治療を急がなければ。そうじゃないともたない……


 小さな炎は、白い世界にかき消され、あっというまに見えなくなった。


 雪に負けず、無事に渡れますように。


 エレノアとは頻繁に炎の鳥を使って連絡を取っていた。

 国を出るまでに薬は多めに作り、町の人に配ってきたが、それでも症状が悪化した人がいた場合は、エレノアに言うように伝えていたからだ。


 外には出られなくても平気だった。窓から雪を眺めているだけで楽しい。それに、引きこもりには慣れている。ただ、いつまでも薬草があるわけではなく、持参した物はすぐに無くなりそうだった。


「ここまで、薬草入手が難しいなんて、想定外だわ」

「ミーシャ様、陛下にお願いしてみては?」

「……それは、最終手段ね」

 正直、極寒の地で薬草を見つけるのは困難だ。どうしたものかと途方に暮れた。


「悩んでいてもしかたない。ここにしかない新しい薬草が見つかるかもしれないし、庭に出てみましょう!」

 ミーシャは思い立ち、その足で、部屋を出た。



「ミーシャ様。外出の許可は陛下から出ておりません」


 ドアを開けると廊下にはイライジャが立っていた。彼は日中、ミーシャの護衛を頼まれている。優秀な彼をつけるなんて、何て過保護なんだと最初断ったが、リアムは聞き入れなかった。


「イライジャ様。私たちは庭に出るだけです。良かったら一緒にいきませんか?」

 真面目で寡黙な彼は眉間に深くしわを作った。

「それに私、陛下からは好きにしていいと言われています。日中、ずっと立ちっぱなしだと、いくらイライジャ様でも身体がなまってしまいますよ。少しくらい散歩してもいいじゃないですか」

「ですが……」

「陛下からは、私が怒られるので行きましょう」

 彼の返事を聞く前に、ミーシャは先を急いだ。結局イライジャはついてきた。

 

 庭に出ると冷たい風が頬に触れた。靡く髪を手で抑え空を見上げる。吐く息が白い。雪を踏みしめるときゅっと音が鳴る。その感覚が楽しい。

「どこを見ても真っ白ね」

「ミーシャ様、この雪の中、本気で薬草を探すつもりですか?」

「ええ。もちろん」

 寒い地にはそれに適した草が生えている。フルラ国にはない、何かお宝が見つかるかもしれない。


 しかし数時間、庭で雪をかき分け探索したが、目新しい草は見つからなかった。

 薬草や花を探しながら、雪でうさぎを作ってライリーと遊んだ。イライジャは寒い場所でも微動だにせずじっとこちらを見ている。護衛というより、監視に近かった。


「ミーシャさま、もう雪遊びは十分でしょう。戻りましょう」

「雪遊びじゃなくて、薬草探しよ」

「さっきまで雪合戦して喜んでいたじゃないですか! おかげで私、雪まみれです!」

「ごめんごめん」

 ミーシャは炎の鳥を数羽呼んだ。雪で濡れてよれよれのライリーの周りを飛んでもらう。


「ライリーはそこで温まっていて。私はもう少し、探してみる」

 何の収穫もなく戻りたくないミーシャは、まじめに薬草を探し始めた。だが、それをライリーは止めた。

「陽が暮れ始めています。食事までに着替えて、身支度を済ませてしまいましょう」

「……まだ大丈夫よ」

「だめです」

「いやよ」

「陛下がいつ戻っていらっしゃるかわからないのですよ。準備は大事です!」

 ミーシャはぴたりと動きを止めた。

「だから帰りたくないのよ……」とぽそりと呟く。


「治療を申し出たのはミーシャ様自身でしょう? ここまで来て、投げ出してどうするのです」

「投げ出していないわ、文献を見たり、こうやって身体を温める効果がある薬草を探してる」

 部屋にあった持ち出し禁止のクロフォード家の家系図を見ると、予想通りみんな魔力が強く、そして短命だった。いずれも凍り化が進んだことで寿命を縮めている。


「それに、私には炎の鳥がいるわ」

「炎の鳥は小さすぎて陛下にはあまり効果ないんでしょう? ミーシャ様の身体が芯まで冷たいと、夜、陛下を温めて差し上げることができま……、」

「だから私、夜のことは考えたくない……!」


 ミーシャは子供のように走り出した。が、新雪にずぼっと足がはまり、前に顔面から倒れ込んだ。

 頭や顔いっぱいに雪をつけたままゆっくり立ち上がり振り返る。ライリーとイライジャは真顔でミーシャを見たあと、ぷっ。と、それぞれ声を堪えて笑った。


「ほんとミーシャ様はお子さ……ういお方ですね。治療と言っても、今はただ、一緒のベッドで寝起きしているだけでしょう? そろそろ慣れても……」

「慣れるわけないでしょう!?」


 ミーシャの叫び声が、庭いっぱいに響き渡った。

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