第42話 クレアの生まれ変わり
「消えちゃいましたね」
「精霊獣は気まぐれだ。ミーシャがこの地にいる限り、また遊びにくる」
リアムは白狼の頭を撫でると、ミーシャに背を向け歩き出した。
ざくざくと、雪を踏みしめる音が耳に届く。
「ミーシャ様、私は帰らない。と言っていましたね」
「……そうだな」
「陛下。本当に、よかったですね」
リアムはにやけ顔を向けてくるジーンに冷めた目を向けた。
「ああ。良かった。知らないところで殺されては寝覚めが悪いからな」
「またまた~。素直じゃありませんね。さっき、ミーシャ様を蕩けるようなお顔で見つめていらっしゃいましたよ」
ぴたりと足を止める。冷気を纏い、ジーンを見下ろす。
「我が国で優秀と噂の宰相殿。その口、今すぐ凍らせてもいいか?」
ジーンは急いで自分の口を両手で覆った。青白い顔になった彼に苦笑いを向ける。
守ると決めてはいる。が、リアムの残されている時間は有限ではない。
ジーンは誰よりも長くそばに使えているが、友人として案じてくれていることは、リアムも重々承知していた。
「もう一度、あの美しい髪に触れてみたい。そう思っただけだ」
この地では幻の鳥と言われている朱鷺は、空を飛ぶとき翼の一部が太陽に照らされると桃色に輝くという。
光の加減で宝石のように輝く彼女の美しい朱鷺色の髪は柔らかそうで、触れたいと自然に思った。
ジーンはリアムの言葉に目を見張ったあと、ひだまりで溶ける雪のようにゆっくりと顔を綻ばせた。
「もう一度って、前に触ったんですか?」
「フルラ国で看病してもらったときに」
「……会ったばかりの令嬢の髪を、軽々しく触るのはいかがのものかと」
確かにそうかもしれないとリアムは思った。あのあとすぐに、婚約を破棄するときっぱり言われてしまったからだ。
「髪に触れたいと思ったのは彼女だけだ」
言い訳するように答えると、渋い顔で「しかも看病してもらっておきながら!」とブツブツ小言を続けていたジーンの口が止まった。
「令嬢が特別なら結構です、陛下」
リアムは切り替えが速く、表情がころころと変わるいジーンに呆れた。
「ミーシャ様はクレア様によく似ておりますが、髪色が違うせいか、ずいぶんと印象が違います」
リアムは「そうだな」と頷いた。
「師匠は落ち着いていたが、彼女の性格は……元気で明るい」
「クレア様が落ち着いて見えたのは、陛下が子供だったからでは? ミーシャ様は十六歳……にしては、達観しているところも見受けられます」
外に繋がる城壁の大きな鉄の門扉に着くと、リアムは一度振り返った。この角度からはもうバルコニーにいても姿は見えない。それでもミーシャの姿を探す。
「令嬢は『太陽に触れても平気』らしい」
「太陽? 何ですかそれ」
「クレア師匠の言葉だよ。令嬢は『我が家ではよく使う言い回しだ』と言っていたが、彼女の母親のエレノア女公爵からは、一度も聞いたことがない」
他にも言動や思考の節々で師匠と似通った点がある。気にしすぎ、顔形が似ているからだと思っていたが……。どうしてもこの考えが頭を過ぎる。
「ミーシャは、クレアの生まれ変わり。とか」
強い風が吹き、さらさらの雪を巻き上げる。リアムの横で大人しく座っていた白狼は、風に反応したのか立ち上がった。
リアムの言葉を聞いたジーンは、うーんと唸ってから口を開いた。
「陛下の、願望では? クレア様はエレノア女公爵さまと従姉妹ですよね。ミーシャ様とは最従姉妹になります。似ている部分と似ていない部分があっても、普通じゃないですか?」
「普通。そういうものか」
「そういうものです。それに、……残念ながら私と陛下のクレア様の記憶は十六年前のままで止まっておいででしょう?……彼女にクレア様の面影を追うのは少々酷かと」
ジーンはリアムではなく壁に向きを変えると手を上げた。すると、衛兵が黙って門扉を開け始める。鉄がこすれる甲高い音が響く。
「陛下はどうぞ、ミーシャ様自身を見て差し上げてください」
ドアが開くとまず白狼が門を潜る。次にリアム、最後にジーンが分厚い城壁を抜けた。
ジーンの言うとおり彼女は、クレア師匠に似ているようで、どこか違う。
違いを知るほどに、ミーシャ・ガーネットについて、もっと知りたいと思えた。
胸の奥から沸き立つ感情をなんと呼ぶのかは知らない。ただ、時間が許す限り、彼女の色んな一面を見ていたい。
「……悠長にしゃべりすぎた。彼女と、この国を守るためにも、不安要素はすべて排除する」
「御意のままに」
リアムとジーン、そして白狼は、静かに降り積もる白い雪の中へ足を進めた。
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