第41話 彼女を守る理由


『やさしいリアム皇子。魔力をコントロールしたいのであれば、自分を否定してはいけません。力は抑えようとせずに、外へ。自分のためではなく、人のために使うといいですよ。そしたらきっと、あなたは……――』


 雪を前にして楽しそうに笑うミーシャを見て、クレア師匠の言葉を思い出した。


 リアムは、王位も、結婚も、自身の幸せについても興味がなかった。

 身内に裏切られ、信じた人を守ることができなかった彼が、今も生きているのは師匠の教えがあるからだ。


 なりたくなどなかったが、皇帝になってしまったからには自分の立場と魔力は、人のためにだけ使う。

 流氷の結界を張って人々を守った結果、身体が内側から凍り滅んでも、かまわなかった。


 突然、頭上から羽音が聞こえてリアムは振り向き、上を仰ぎ見た。

 白い曇天の空を、その身で赤く照らしながら飛んできたのは炎の鳥だ。リアムが手を高くかざすと、鳥の形をした炎はふわりと止まった。


「どうした」

 話しかけるが、炎の鳥は首をかしげるだけだった。ジーンは、リアムの手の上で揺らめく炎を見つめながら言った。

深紅色ピンク色の炎ですね。ミーシャ様の髪の色みたいです」

 リアムは二階のバルコニーを見た。ミーシャは雪だるまの前で作業をしていて、こちらに気づいていない。


「先ほど我々を温めてくれた炎の鳥たちですかね」

 ジーンは「ミーシャさまにお声をかけますか?」と聞いた。

「いや、いい。忙しそうだ」

 ミーシャは、髪や服に雪がついても気にする様子もなく、没頭している。声をかけるのは気が引けた。


 第二の故郷フルラ国は、絵本の世界のような温暖で花々が咲き誇る楽園だった。統治する王に魔力はなく、代わりに王の親族で魔女の一族、ガーネット家が炎の鳥を操り、鎮め、国を守護していた。


 リアムはフルラ国に毎年訪れていたが、病弱で引きこもりのガーネット女公爵令嬢には一度も会うことが叶わなかった。

 ミーシャを守るために、公の場に彼女を連れ出さなかったエレノア・ガーネット女公爵の考えは理解できた。しかし、彼女がクレア師匠に似ているのならば、もっと前に教えて欲しかったと正直、リアムは悔しさを覚えた。


 今度こそ、彼女を守らなければ。

 生きているのかどうかわからないが、万が一あの男が生きていたら……。

 

 リアムは焚きつけられる思いで、ミーシャをこの国へ、自分のそばに呼び寄せた。自分の治療は二の次だった。

 

 あの男に再び、彼女を奪われたくない。その一心だった。



 炎の鳥がひときわ朱く輝きだした。

 音もなく、白狼がいきなり現われそばに来たからだった。しっぽを振りながら、手の上の炎の鳥を鼻先で嗅いでいる。


 ジーンは驚いているが、リアムは冷静に様子を観察した。

 見つめていると、炎の鳥は両翼を広げた。手からふわりと羽ばたき、空へ舞い上がった。


 あの時のようだ。

 自分を置いて、炎の鳥が空へと溶けていく。


 ……クレア師匠。俺は、あなたが望んだような大人になれなかった。ごめん。

 この命ある限り、ミーシャは守る。だからもし、いつか会えたら、


 そのときは許してくれますか?


 もう見えなくなった炎の鳥を求めるように、温もりを逃がさないように、リアムは手を、固く握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る