第38話 閉じられた部屋で二人きり

「侍女のもめ事に首を突っ込んだそうだね」

「はい。みんな、私の大切な侍女ですので」


「反発した侍女の処分についても、軽くするようにと言ったと聞いた」

「ええ。彼女たちの言動は陛下を慕っている故の言動でしたので」


「ドレスを破ったのは別の誰かの指示だから、侍女のユナとサシャは悪くないと庇ったようだね」

「……本人たちに問いただすことはできませんでしたが、私が彼女たちを見る限り、陛下の指示だと信じて行動したように思えました」

「……そうか」

 

 今は師と弟子の関係ではない。立場は逆になり、皇帝陛下と非力な娘だ。詰問を受け入れ、淡々と答えた。

 リアムはそんなミーシャを見て、嘆息した。


「君は、どうしてそこまで俺からの叱責や処罰を望む?」

「へ? えっと……、陛下の病の治療をするために来たのに、初日からご迷惑ばかりおかけして申し訳なくて。処罰を下すのはあたりまえかと」


「君が珍しい令嬢で、おてんば娘なのは百も承知だ。いちいち目くじら立てる卑小な人間に見える?」

「陛下が卑小? いいえ! とんでもありません」


 すぐさま否定するとリアムは目を細めた。横に流すようにして垂らしているミーシャの髪に触れると、そっと、口づけをした。

 驚きすぎて息を詰めた。頬が熱くなっていく。


「この髪色は令嬢を良く現している。明るくて軽やかで、元気で美しい。クレア師匠と同じ瞳の色、目鼻立ちなのに、あなたを知るほどに別人なんだと思い知らされる」


 ミーシャは、素直に安堵していいのか複雑な気持ちになった。

 大魔女として、師匠として、肩肘を張っていたクレアとしての二十年に、引きこもりで過ごしてきたミーシャとしての十六年が加えられたのが、今の自分だ。


 別人の印象を与えられて良かったはずなのだが、ミーシャを褒められると罪悪感が芽生える。償いはまだ途中だというのに、彼の言葉に一瞬、喜んでしまった。浮かれて申し訳ないという思いが、胸に広がる。


「陛下も、絵本に描かれている英雄とはまた違う印象ですよ」

「師匠を悪魔女と描き、史実を曲げた絵本のことか? 既存本は処分、増版も固く禁止命令を出しているんだが、まだ出回っているのか」

 リアムの苦々しい顔にミーシャは手を伸ばした。彼の冷たい頬に手を添える。


「絵本の中の陛下は絶対的な強さを誇る英雄で、理想的な王様でした。でも、実際の陛下は無茶ばかり。伝え聞く氷の皇帝も素敵ですが、今、目の前にいる血が通っている陛下の方が好きです」


 ――私のかわいい氷の妖精。

 そう言って、親愛の気持ちを込めてよく愛弟子の頭や額にキスをしていた。

 別人と言われた反動か、安堵からか、クレアだったころの感情が意図せず膨れ上がってきて、思わず触れてしまった。額にキスはがまんして手を外す。


「さあ、そろそろここを出ましょう。パーティーが始まってしまいます」

 触れてしまったことを誤魔化すように声を張る。リアムは少しも動揺していなかった。平然とした顔のまま、口を開いた。

 

「要件が済めば向かう」

 まだ何かあるのだろうかと、困惑した。


「ドレスを自分で修繕し、間に合わせた令嬢に、褒美を与えようと思っている」

 ミーシャは目を見開いた。

「褒美など、いただけません」

 本当に何もいらない。何を言い出すの。と内心焦った。


「守ると言っただろう。少しは頼ってもらわないと困る」

 真剣は顔と声で言われ、ミーシャは言葉を失った。

 守る? それは、オリバー大公殿下からの脅威だけではなかったのか。

 困るのはこっちだ。混乱し、視線を逸らす。するとリアムがミーシャの頬に触れた。


「俺はグレシャー帝国と氷の宮殿の主で、君の未来の夫だ。願いは何でも叶えてあげよう」


 今すぐ手を離して欲しいと言ったら、怒るだろうか……。

 こちらから触れるのと、触れられるのでは全然違う。心臓がばくばくとうるさい。考えがまとまらない。


「前にも、言いましたが、陛下の健康と幸せが私の願いです」

「却下だ。それ以外」

 リアムはミーシャの頬を両手で包み込んだ。

 これはもしかして、さっきの仕返し? 


「却下と言われても、困ります。私がここに来た理由は……、」

「君の頬は、温かくて気持ちいいね」

「んなっ……!」

 この状況で、何てことを言うの、リアムの馬鹿!

 余裕で涼しい顔のままの彼がさらに憎たらしい。悔しくなったミーシャは、再びリアムの顔に手を伸ばした。お互いが相手の両頬を包み込んでいる奇妙な格好になった。


「陛下の頬は相変わらず冷たすぎます」

「今は結界以外、魔力は使っていない」

 リアムはふっと笑うと、ミーシャの頬から手を引いた。そして、自分の頬にあるミーシャの手に手を重ねた。


「いつも俺を気遣い、温めてくれてありがとう。ここまで来てくれた君に、感謝を返したい」

 ミーシャの手は、リアムの大きな両の手に包み込まれてしまった。

 さっきまで冷たかった彼の手は今はほんのりと温かい。それだけで嬉しくなった。


「褒美ではありませんが、お願いなら一つあります。令嬢や、あなたや君呼びを、やめていただきたいです……」

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