第39話 名前で呼んで欲しい
リアムは目を見開いた。
「仮にも夫婦となるのに、君だと、みんなに違和感を持たれるかと」
「わかった。なんと呼べばいい?」
「そのままミーシャと」
リアムはしばらく無表情だったが、一度咳払いをするとミーシャに顔を近づけてから口を開いた。
「ミーシャ。俺にどうして欲しいか言ってごらん」
名前呼びを頼んだのはミーシャ本人だというのに、耳元で、魅惑的な低い声で名前を囁かれ胸が疼いた。
――師匠、もっと頭を下げて。
背の低い弟子のために、よく姿勢を低くして耳を傾けてあげていた。
――いつもありがとう。師匠、大好き。
無邪気に微笑む彼は、とてもかわいらしかった。
大事なことを言うとき、いちいち距離が近いのは彼の昔からの癖だとわかっていても、勘違いしそうになる。
リアムの歳は、クレアだった歳も超えすっかり大人なのに。きっと無意識だ。自分の色香に気づいていないなんて、たちが悪い。
「私に何かをする必要はありません。陛下自身が自分を労ってください。それが私の望みです」
「頼れと言っているのに。相変わらず強情だな」
「陛下もです。もう少し、治療に前向きになってください」
「なっているからこそ、触れさせてもらっているんだが。前向きにもっとミーシャに触れてもいいということ?」
「もっとですって? だめです!」
「接触は緊急のときの対処法、治療方は他にもあります!」と、半泣きになりながら叫ぶと、リアムは苦笑いを浮かべた。そっと、ミーシャの手を離した。
「からかいすぎた。すまない」
リアムは衣装部屋のドアの氷を溶かし始めた。ミーシャも手伝いたいが、さっきリアムを温めてしまい魔力がもうない。炎の鳥も呼べず、しかたなく見守る。
「健康についてはもう少し気を回そうと思っている。守りたいときに守れないと意味がないからね」
その通りだと今の自分を見てミーシャも思った。
「実際のところ、オリバー様からの脅威はどれほど差し迫っているんですか?」
リアムは作業しながらちらりとミーシャを見た。
「こないだクレア師匠の石碑前で襲ってきた敵がいただろ」
「目的は陛下の命と、クレア魔鉱石の情報について、でしたよね?」
「グレシャー帝国に移送し、調査を続けた結果、あの刺客は金で雇われていたプロで、隣国のカルディアの者だとわかった」
エレノアが幻影で情報を引き出したあとも調査は続けていたらしい。
「だが、雇い主はカルディアではない別の者」
「もしかして、オリバー大公殿下……?」
「それが、確たる証拠はでなかった。生きているのならぜひ、会いたいんだが」
リアムは氷をすっかり溶かし終えると、ドアノブに触れたままミーシャを見た。
「ドレスを破った侍女二人もそうだが、敵はどこに潜んでいるかわからない。君……ミーシャも、油断しないように」
「それってつまり」
リアムの側近たちも信用できない、信用していないって、こと?
「陛下の病気について、知っている者は少ないですよね。緊急時の対応のために、教えてもらっても良いですか?」
「近衛兵三人と長官のイライジャ、宰相のジーンくらいだ。氷の宮殿の侍従と侍女で知るものは……ミーシャが連れてきたライリーくらいだ」
「そんなに少ないんですか? 今までよくばれなかったですね」
「魔力を使いすぎて体調が悪いときは一人部屋に籠もっていた。会うのはジーンだけ。もともと人と関わらないようにしているし、この宮殿は常に寒い」
確かに宮殿の窓の外は雪が降り続け、バルコニーにはたくさんの氷柱があった。廊下ではいたるところが凍っているし、みんなの服装も厚着だ。焚かれているかがり火も多いが、この部屋以外は外界のように寒い。
「パーティーでは魔力を使う。ミーシャ、俺のそばを離れないように」
「かしこまりました。陛下、お任せを」
疑い出せば切りがなく、不安に捕らわれている場合ではない。今できることを探して最善を尽くそう。
衣装部屋のドアが開く。ミーシャは気合いを入れ直してから部屋を出た。
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