第25話 皇帝になっていたはずの男⑴


 玄関の大広間ホールの奥には大きな階段がある。リアムのエスコートで二階に上がった。ジーンと侍女ライリー、そしてリアムの近衛兵四人が後ろをついてくる。

 他にも通路には間隔を開けて護衛兵がいる。ガーネット家の屋敷よりずいぶんと警備が厳重だ。


「流氷の結界を解けと言ったのは令嬢くらいだ」

 歩きながら彼を見た。リアムは前を向いたまま続けた。


「あなたは、本当に変わっている」

 ミーシャは繋いだままの彼の手を、ぎゅっと握った。


「陛下のお話が結界についてなら、ちょうど良かったです。私も、もう少しお話をしたかったので」

 リアムは流し目でミーシャを一度見たあと、再び前を向いた。


「炎を操る魔女には流氷の結界が邪魔なんだろう。だけど、さっきも言ったが解く気はない」

「隣国カルディアに攻められないようにですか?」

「そうだ。氷の結界は抑止力になる」

「それと、オリバー・クロフォード様を警戒しているからですね?」

 ぴたりと歩くのを止めた彼は、大きな窓の外へ視線を向けた。ミーシャも外を見る。雪が静かに降る、白い世界が広がっている。


「叔父は、師匠が放った炎に包まれた。生きていると思うか?」

 リアムの問いにミーシャは首を振った。

「ご無事でしたら、この場に姿があると思います」

 

 オリバーはリアムの父、ルイス皇帝の弟で当時王位継承権一位だった。彼が国を裏切らず、そして生きていれば、大きな魔力を持つ彼は今ごろ皇帝となって国を治めていた。

 今は亡きリアムの兄クロムも、リアム本人も、望んで皇帝になったわけではない。



 * * *


『なんてことを……』


 十六年前、クレア・ガーネットはいつものように屋敷にある自分専用研究所で魔鉱石を研究、生成していた。異変に気がつきフルラ城へ駆けつけたクレアは、目の前の光景に言葉を失った。


 リアムと出会った思い出の場所の噴水庭園は、水は涸れ、焼け焦げたあとで見る影もなくなっていた。ここだけではなく、フルラの街全体が朱い炎に包まれている。焦げ臭い匂いと、熱風。木々や建物が焼け崩れていく中、フルラの民は取る物も取らずに逃げ回っていた。

 フルラ兵はあちこちに倒れ、不完全な魔鉱石を持つグレシャー帝国兵だけが堂々と闊歩する、異様な光景が広がっていた。


『討つべき敵はクレア・ガーネット! 人々を操り、世界を支配しようとする悪い魔女を倒せ!』


 声高々に、グレシャー帝国兵を扇動し、指揮していたのはオリバー大公殿下だった。

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