第13話 エレノアの願い⑴

  

  

 リアムとジーンが部屋を出て行き、一人になったミーシャは、力が抜けてその場に座りこんだ。

「また会おう、だって。……こんなはずじゃなかったのに」

 

 リアムに関わらず、生きていくつもりだった。会ってしまっただけではなく、成り行きとはいえ、婚約関係になるなんて、想定外だ。


 はあっと大きなため息を吐いて、手で顔を覆う。

 目を閉じれば、さっき、最後に見せてくれたリアムの笑顔が浮かんだ。小さかった頃の彼のように、朗らかですてきだった。


 大人になったリアムは、これまでに何千回も想像してきた。本物は思い描いていた以上にかっこよくて美しかった。ただ、昔と違って、彼の顔に笑みはなかった。

 まるで感情まで凍りついてしまったみたいで、とても悲しかった。


「心配で、ついお節介が過ぎてしまった……」

「そのようね」

 ミーシャは顔を上げた。部屋に入ってきたのはエレノアだ。


「でも、そのお節介のおかげで陛下の体調は回復したようね。さっきすれ違ったけれど、青白かった顔色が戻っていたわ」

 エレノアはにこりと笑うと、ミーシャの前に座り込んだ。


「婚約、受け入れたそうね。おめでとう。ジーン宰相がとても喜んでいたわ」

 ミーシャはエレノアをじろりと睨んだ。


「お母さま。図ったわね?」

「図る? 何のこと?」

 ミーシャはぱっと立ち上がった。


「とぼけないで。リア……陛下が、来ていること黙っていたでしょう? その上で、私にクレアの石碑へ向かわせた。陛下が来るのはいつも当日ですから、前日の今日、いらっしゃるとは思いませんでした」

「そうね。運良く遭遇すれば良いとは思ったわ」


 座ったままミーシャを見上げるエレノアは顎に手を添えながら、微笑んだ。

「今日お着きだと聞いていたけれど、伝えそびれてごめんね?」と口では言っているが、まったく悪いとは思っていない。


「陛下の体調があそこまで酷い状態だと、なぜ早く教えてくれなかったのですか?」

「私も、先ほど知ったからです」

 ミーシャが眉間にしわを寄せると、エレノアもゆっくり立ち上がった。


「あなたと違って私は毎年、陛下と会っていた。けれど、身体に影響が出ていることにまったく気づけなかった。突然発症したのか、ずっと隠していたのかはわからないけれど。しかも、陛下が命を狙われるなんて、思ってもみなかったわ」

 エレノアの顔には、後悔と哀しみが浮かんでいた。彼女の手がミーシャの頬に触れる。


「あなたにも、怪我がなくて本当によかった」

「……私は、大丈夫です」

「ところでミーシャ、陛下を襲った敵の目的がわかったの」

「目的は陛下の命では?」

 エレノアはこくりと頷いた。


 グレシャー帝国は極寒だが、広大な大地ならではの貴重な資源がある。フルラ以外の他国とも隣接していて、なにかと争いが絶えない。大国を守る氷の皇帝がいなくなると喜ぶものが残念ながらいる。


「陛下の命と、そして、……クレア魔鉱石だったわ」

 ミーシャは息を呑んだ。胸がぎゅっと締め付けられて、思わず手で押さえた。


「クレア魔鉱石の存在を、知っていたのですか?」

 エレノアは真剣な顔のまま続けた。

「幻影を使って、自白させたの。ただ、陛下が持っている確証はなかったみたい。情報を得ようと襲ったといったところね。残念ながら黒幕まではわからなかった」

「そう、ですか」

 ガーネット公爵現当主のエレノアは炎を操り、敵に幻影を見せる事ができる。ジーンたちの帰りが遅くなった理由は、新手の敵がいないか、情報を引き出すためだった。


「このことは、今頃、陛下の耳にも入っているはずよ」

「クレア魔鉱石は十六年前に一緒に燃えた。存在しないと陛下は公表していますよね」

「ええ。でもクレアの作った本物の魔鉱石はきっと彼が今も持っている」

 ミーシャはエレノアの言葉に頷くと、手紙をエレノアに差し出した。


「エレノアさま。実は婚約は表向きです。陛下の治療をする間だけ。凍り化を止めたら、私はここへ帰ってきます」

 エレノアは目を丸めた。

「どういうことです?」


「炎の鳥と、魔鉱石を使って、陛下を治療したいと考えています」

 エレノアに説明すると、なるほどと頷いた。

「魔鉱石に炎の鳥を宿して、凍り化を防ぐのですね」

「はい。でも、できればそもそも魔力を使わないで欲しいと説得しようと思っています」

「それは、無理ででしょうね」

 ミーシャは「なぜです?」と詰め寄った。

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