第9話  朝焼けのような紫色の瞳

 暖炉の中で爆ぜる音が響く。それでも床はまだ凍ったままで、室内にいるのに吐く息も白い。 

 馬で移動するとき、エレノアやリアムの側近たちがすぐ後ろをついて来ると思ったが、屋敷に着いたのは自分たちだけだった。あとから到着するだろうと思ったがそれにしても遅い。


「他に敵がいないか、調べているんだろう。そのうち来る」

 視線をドアに向けただけで、リアムはミーシャの考えを読み取ったらしい。

「煤、取れたよ」

「ありがとうございます」

 リアムの手が離れると、ミーシャは頭を下げた。


 コンコンとドアがノックされ、ミーシャは肩を跳ね上げた。

「は、はいっ」

「薪と毛布、温かい飲み物を持って参りました」

 ライリーと侍従数人が部屋に入ってきた。ミーシャは「ありがとう」と伝え薪を受け取ると、暖炉の前に移動した。


 顔が燃えているみたいに熱い。きっと暖炉の火のせいだ。と自分に言い聞かせる。実際思ったよりも火の回りが早い。火ばさみで木の位置を調整する。


「手伝おう」

 リアムに耳元で声をかけられ、思わず火ばさみを床へ落とした。するとそれを拾った彼が暖炉をのぞき込み、薪を並べ直しはじめた。

「へ、陛下! 私がやります。変わってください」

「目も覚めたし、体調も良くなってきた。自分のことは自分でする」

 具合が悪いのに、自分の事は自分でする? そんな王様、聞いたことがない。

 ミーシャは顔を上げ、後ろを振り向いた。ライリーに助けを求めようと思ったが、すでに誰もいない。


「薪、燃えるのが早い。これでいい?」

「は、はいっ。十分です!」

 リアムは火ばさみを置くと、ゆっくりと立ち上がった。

 ミーシャの身長は一般女性の平均よりは高い。それなのにリアムを見上げ続けていると首が痛くなりそうだ。

 

 昔は私の背の方が高かったのに。そして、なぜじっと見られているんだろう……。

 

「陛下、回復して何よりですが、念のためもう少し安静に……、」

「必要ない」

 リアムは自分の手をミーシャに見せた。

「霜もすっかりなくなった。体温も戻っている」

 確かに霜はない。きれいな手をしている。


「令嬢のことをもう少し知りたい」

 ミーシャは驚いて顔を上げた。

「……お答えできることは多くありません」

 答えられないは、隣国の王に対して失礼だろうか。と思ったが、失礼な言動は今更かと苦笑いを浮かべた。


「さっき、令嬢は『太陽に触れても平気』と言った。この言葉、前に師匠から聞いたことがある」

 驚きのあまり息を呑んだ。クレアのときに言っただろうか。言ったかもしれないが、そんなことをリアムは今でも覚えているのかと内心焦った。なるべく顔の表情を変えずに小首をかしげる。

「我がガーネット家ではよく使う、言い回しですの」

「かすかな魔力からはクレア師匠と同じものを感じる」


 リアムはミーシャの髪を掬うようにやさしく触れた。

「師匠の髪は真っ赤な月を闇で包んだような色をしていた。名前のとおりガーネット色。令嬢の髪の色はクレアよりも色素が薄い朱鷺色。だが、朝焼けのような、透き通る紫の瞳の色はまったく一緒だ」

 ミーシャは視線をリアムから逸らした。

 よく見ているし、よく気づく。……だから、会いたくなかった。


「クレアは、母の従姉妹です。親戚ですから、似た部分もあると思います」

 平静を装い答えたが、これ以上共通点を見つけられたら正体がばれるかもしれないと、どきどきしていた。


「本当によく似ている。実は一目見たときから、あなたはクレア師匠かもしれないと思ったんだが……」

「違います。私は、ミーシャ・ガーネット。十六歳です!」

 思わずに強く否定してしまった。逆に怪しまれるかもしれない。

「私は、炎の鳥を操るのがやっとです。大魔女クレアのように、魔力に長けておりません」

 ミーシャはさっきよりも深く、頭を下げた。


「陛下からの、お手紙拝読いたしました。お妃候補に選んでいただき大変光栄ではありましたが、私は魔力も中途半端、その場にじっとしているのが苦手なただのおてんばな娘です。陛下の妃にふさわしくありません。グレシャー帝国と陛下に何の価値もございませんので、丁重に辞退させていただきたいです」


 ここではっきりと縁を切ろう。もう、これ以上関わるのは良くない。

 彼の体調は気になるけれど……

 彼の足を引っ張るのも、時間を割かせてしまうのもいけないと思った。


「辞退か。令嬢は、何か誤解しているようだ」

 ミーシャは「え?」と口の中で呟き、顔を上げた。

「俺はもとから、妃を持つつもりはない」



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