第10話 悪魔女を止めた英雄


 寒々とした冬の空のような碧い瞳が、自分に向けられている。

「令嬢は、何度手紙を出しても断ってきた。だから、ちょうど良かったんだ。妃候補を探していると体裁さえ整えば、それ以上側近たちが騒がないから」

 ミーシャは目を見開いた。

「つまり、陛下からの申し出は、私が断る前提だったということですか?」

「そうだ。だから、今回も断っていい」


 エレノアが言っていた言葉が頭を過ぎる。リアムは妃を持つ気がなく、宰相が嘆いていたと。

 断られる前提の婚約申し込み。なるほど。表舞台に出たがらない、引きこもり令嬢が選ばれるわけだ。納得したが、しかし、リアムは本当にそれでいいのだろうか。


「どうして、ですか?」

 質問せずにはいられなかった。

 リアムは今二十六歳。一般人なら適齢期だが、短命の王族としてはあまり悠長にしていられない歳だ。しかも、詳細はわからないが魔力の使いすぎによる弊害が身体に出ている。


「お言葉が、過ぎるかもしれませんが、……跡継ぎの問題はどう考えていらっしゃるんですか?」

 グレシャー帝国は元々、人が住むには不向きな極寒の国。王族は魔力によって自然に干渉し、人が住めるように天候を操作してきた歴史がある。国を維持するためにも血が断たれると大問題に陥る。


「まだ幼いが、亡き兄の遺児がいる。少し不安定だが魔力もある皇子だ。だから俺に息子はいらない。皇子が大きくなって王位を継ぐまでの繋ぎでいい」

「繋ぎ、ですって?」

「自分の役目はただ、この命が続く限り人々の幸せを守ること。それだけだ」

 思わず前のめりになってリアムの顔を見た。


「先代から受け継いだものを次世代に渡す。確かに、繋ぐことは大事です。でも、それだけでいいんですか?」


 再会してすぐに思った。冷静、というよりどこか冷めていると。

身を案じるものに耳を傾けず単独で敵を捕らえた。魔力を使えば症状が悪化するとわかった上で、身体を張った無茶をしている。


「もっと、自分を大事にしてください。ただの繋ぎなどで終わって良いものではないです。無理ばかりなさらず、生きて、陛下も幸せになってください」

リアムは薄く笑うと、眉尻を下げた。

「幸せ? そんなもの、俺にはもう一生訪れない」

 

ミーシャは自分の手のひらをぎゅっと握った。

氷の皇帝は悪魔女を止めた英雄だと、フルラにまで伝わってきている。高い魔力で国を守っていると、世間は彼を賞賛し、支持している。

 だからきっと、大人になったリアムは幸せになっていると思っていた。でも実際の彼は、吹雪の中をただじっと耐える狼のような目をしている。


 炎に包まれる中、クレアは命を賭けて愛しい弟子を守った。彼の幸せを願いながら消えた。あのとき描いた未来は、こんな形ではない。


 


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