3-24. 最後の賭け

「今回は残念だったわね。それじゃ就活頑張って! そろそろ行くわ」


 先輩はそう言って立ち上がる。


 ヤバい、全てが終わってしまう。


 俺も急いで立ち上がり、先輩の腕をつかむ。


「ごめんなさい、どうしてももう一度エステルに会いたいんです。会わせてもらえませんか?」


 すがりつくように言った。


「だから、彼女は記憶ないって言ってるじゃない」


 先輩は俺の手を振り払い、あきれたように言う。


「なくてもいいんです、会わせてください!」


 俺は必死に頭を下げた。もう俺の心の中にはエステルがたくさん沁み込んでしまっている。エステルなしには生きていけないのだ。


「君がそこまで入れ込んじゃうとはねぇ……。でも、記憶ない以上、無理なものは無理よ」


 先輩は肩をすくめ、首を振る。


「じゃあ、賭けをしましょう!」


 俺は最後の手に出た。先輩は勝負事が好きなのだ。


「賭け……?」


「エステルにプロポーズします。OKもらえたら異世界を元に戻してください」


「断られたら?」


「何でも言うこと聞きます」


「奴隷になるのでも?」


「もう何だって」


 俺は真剣に先輩を見る。先輩は宙を眺め、何かを思案した。そして、


「面白いじゃない。いいわよ」


 そう言ってニヤッと笑った。


 俺の事を覚えていない人へのプロポーズ。どう考えても勝機はないが、それでもやらない訳にはいかない。


 人生をかけた一世一代のプロポーズ、俺は全ての思いをしっかりとぶつけようと心に誓った。


「じゃあ、彼女呼ぶわよ」


「あ、呼ぶならあそこでお願いします。あの、地面が鏡みたいになってるところ」


「ウユニ塩湖?」


「そうです、そうです。魔物倉庫行く途中で見かけたので」


 人生最大の賭けになる場所くらい、我がままを聞いてもらいたい。


「いいわよ。じゃぁウユニへ送るわ。奴隷になる覚悟はいい?」


 先輩は意地悪な顔で言う。


「いつでもOKです。先輩こそ異世界を戻す準備しておいてくださいよ」


 俺はニヤッと笑った。


 勝ち目のない賭けだったが、俺はエステルに会える喜びで胸がいっぱいになった。


       ◇


 気が付くと俺は、見渡す限り広大な鏡の上にいた。正確には止まった水面なのだが、水面は夕暮れの太陽や茜色に染まる雲たちを反射し、水平線はるかかなたまで美しい空を映し出していた。


「うわぁ、綺麗ですぅ!」


 気が付くと隣にはエステルがいた。


 サラサラとした金髪に深い青をたたえた碧眼、少し幼さを残した美しい顔の透き通る白い肌に、俺はつい見入ってしまう。例え奴隷になったとしてもまた会えてよかった。俺は湧き出してくるうれしさに思わずほおが緩んだ。


「エステル……」


 俺が声をかけると、エステルはこちらを向く。そして、クリッとした目で俺をジッと眺め……、


「どちら……様です?」


 と、首をかしげて言った。


 


「この四日間、エステルと一緒に冒険をしてきたソータだよ」


 俺は優しく言った。


「四日……? あれ? 私は何してたですか? 思い出せないですぅ……」


 エステルは不思議そうに首をひねる。


「ダンジョン行ったらエステルがゴブリンに襲われていてね、一生懸命戦って助けたんだよ」


「えっ!? 私は大丈夫だったですか?」


 丸い目をして驚くエステル。


「大丈夫、ちゃんと守ったんだ」


 俺はしみじみと当時の事を思い出しながら優しく答えた。


「ありがとうですぅ」


 うれしそうなエステル。


「その後、一緒に冒険したら、スライムにエステルが食べられちゃってねぇ……」


「えっ!? 私やられ過ぎじゃないです?」


「大丈夫、また助けたんだ」


「ありがとうですぅ……」


 俺はさらに、ワナに何度も落ちたこと、毒矢にやられて死にそうになったことなどを伝えた。


「なんだかすごく迷惑かけちゃいました……」


 エステルは恐縮する。


 と、その時、エステルが急に何かに押されたようによろめいた。


「わぁ!」


「おっと危ない!」


 俺はエステルを抱きかかえた。


 柔らかく温かいエステルの香りが、ほのかに立ち上ってくる。


 俺はその大好きな匂いについ、涙がポロリとこぼれた。


「ソ、ソータさん……? ん? ソータ……様?」


「え? 思い出した?」


 俺は驚いてエステルの顔を見つめた。


「わからない……、わからないです……。でも、この匂い……好き……」


 そう言ってエステルは俺の胸に顔をうずめる。


 俺も優しく抱きしめる。息とともに緩やかに揺れるエステルの温かさを、俺は全身で感じていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る