3-23. 足りなかった運
目を覚ますと真っ暗だった。
グゥギュルギュル……。
お腹が鳴る。
こんな時でも腹は減るのだ。
ひどい顔をしながらゆっくりと起き上がると、ジャケットを羽織って街へと向かう。
行くあてもなく、フラフラ歩くうちに、エステルと行ったイタリアンに足が向いた。
キラキラと水面に灯りをゆらす運河沿いの道をトボトボと歩いていくと、温かな照明の点るレストランが見えてくる。
ガラス窓をのぞくと、ピザ釜にはあの時と同じように火が入っていた。
「こんにちは~」
店に入り、エステルと座った窓際の席をお願いした。
そして、エステルと食べた時と同じメニューを注文する。
スパークリングワインで献杯し、一口含む。あの時と同じ味なはずだが……ひどく苦い。
俺は黙々と思い出の料理を味わい、あの時、エステルと何を話したかを一つ一つ丁寧に思い出し、ポトリと涙を落した。
「エステル……」
エステルと過ごした時間がこんなにも大切なものだったなんて、当時は全然わかってなかった。俺はポトポトと涙をこぼし、頭を抱えた。
「ここ、いいかしら?」
急に声をかけられ、顔をあげると、美奈先輩がいた。
俺は急いで涙をぬぐうと、
「ど、どうぞ」
と、答えた。
「すみませーん! 私にも同じワインを」
先輩はお店の人に声をかけた。
「ひどい顔ね……、残念だったわね」
先輩は俺を見て言った。
「あの星は無くなっちゃったんですか?」
「そう、残念だけどね……」
先輩は淡々と言う。
「亀裂は上手くふさいでましたよね? 何がマズかったんですか?」
「別のコンテナが送電線を切っちゃったのよ。電源が全部落ちて全てパァよ」
先輩は肩をすくめる。
「送電線!? そんなの俺のせいじゃないですよね!?」
「そうね、ソータはよくやったと思うわ。でも、運が……足りなかったかな?」
「運……」
俺は心底ウンザリしてうなだれた。
ワインが運ばれてきて、先輩は美味しそうに飲んだ。
「あの星を復活は出来ないんですか?」
「うーん、できない事もないけど、もともと停滞してたし復活させる価値なんてあるかしら?」
そう言いながら、先輩はブルスケッタをつまんでほお張る。
「え!? じゃ、どうするんですか?」
「……。新しい星を作るわ。縄文時代くらいからやり直し」
「そ、そんな。エステルは? みんなは見殺しですか?」
「見殺しになんてしないわよ。縄文人として赤ちゃんから再スタートよ」
「じょ、縄文人……。エステルも縄文人ですか?」
「そう、かわいい赤ちゃんになると思うわ」
そう言ってニッコリと笑い、一口ワインを含んだ。
「俺の事なんてすっかり忘れて転生ですか……」
俺は頭を抱えてうなだれた。
先輩は肉を一切れフォークで刺すと、
「だからプロポーズを急げって言ったのよ」
そう言って美味しそうにほお張った。
「え!?」
「結婚してたら日本人としてこっちに連れてこれたのにね」
「い、今からじゃダメですか?」
俺は身を乗り出して必死になって聞いた。
「んー、あの子記憶全部消されちゃったからね。今プロポーズしても逃げられちゃうわよ?」
「え!?」
俺と過ごしたあの濃密な日々はもう俺の中にしかないらしい……。
俺は言葉を失い、ガックリとして動けなくなった。
「可愛い女の子なんていくらでもいるじゃない。異世界の、それも人造人間にそこまでこだわらなくてもいいんじゃないの?」
先輩はピザをつまみながら言った。
理屈ではそうかもしれない。しかし、『ソータ様』と言ってニッコリと笑うあの可愛い娘がいいのだ。忘れられないのだ。
「うっ……、うっ……、うぅ……」
俺はエステルを思い出し、またポタポタと涙を流した。
「ちょっと! まるで私が泣かせてるみたいじゃない……」
先輩は慌てて周りを見る。
「そもそも、なぜ先輩は助けてくれなかったんですか?」
俺は涙声で聞いた。
「女神は世界を作るのが仕事、基本干渉はしないわ。星で生まれた人たちが紡ぎだすオリジナリティあふれる文化・文明を邪魔しちゃダメなのよ」
「マリアンの人造人間もOKですか?」
「あれ、面白いと思うわよ。もちろん、エステルみたいな人だらけの社会はつまんなくなるけど、その過程や、つまんなくなった結果どうなるかは興味深いわ」
俺は絶句した。この人にとっては非人道的な試みすら楽しみなのだ。
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