3-21. エステルの決断
しばらく行くと小さな倉庫のようなところがあった。ミネルバは扉を開け、中から大きな筒を出してきて俺に渡した。
「はい、粘着ゴム銃よ」
「え? 何に使うんですか?」
「これは外壁に亀裂が入った時に応急処置するためのゴム銃なの。撃つとゴムが広がってビチャッと引っ付くのよ」
「衝突して裂けた外壁に撃つんですか?」
「まぁ……、気休め程度だとは思うわ……」
ミネルバは渋い顔をして、ヒゲもだらんと下がった。
俺たちは衝突予定箇所へと急ぐ。
動画を見ていると、シャトルのカメラが何かの明かりをとらえ、直後に爆発炎上して映像が途切れた。
レーダーの画像を見ていると、針路はほとんど変わっていない。やはりダメかと落胆しかけた時、急に針路が大きく変わった。なぜだかわからないが、これなら衝突は回避できそうである。
「どう? 上手くいった?」
走りながらミネルバが魔王と通信している。
「うん、うん。やったじゃない!」
弾む声が聞こえ、ミネルバは立ち止まる。
どうやら上手くいったようだ。これで危機は回避できたという事だろう。一安心だ。
◇
この少し前にエステルはシステムに回答をしていた。
『ミネルバとソータ、二名に重大な命の危険があります。衝突回避しますか? はい/いいえ』
これに対してエステルが押した先はなんと『はい』だった。エステルは生まれて初めてマリアンに逆らったのだった。
「うわぁぁ!」
激しい頭痛がエステルを襲い、エステルは椅子から転げ落ちてのたうち回る。マリアンの命令に背いた罰は苛烈なものだった……。
エステルはなぜ自分がそんな事をしたのか全く分からなかった。でも、薄れゆく意識の中で、絶対に譲れない大切なものを守った充実感にエステルは満足していた。
◇
俺はそんなことになっているなんて全く気が付かずに、ただ漫然と喜んでいた。
ところが……。
「え? コンテナ……? 十五階の五十番辺り……。外壁は耐えられるの? ……。いやちょっとそこ重要なんだけど……。うん……、うん……。仕方ないわね……。分かった……」
ミネルバは暗い声で通話を切ると、逆方向に走り出して言った。
「場所が変わったわ、ついてきて!」
「ど、どうなったんですか?」
「貨物船は回避できたんだけど、積み荷が散乱してコンテナの一つが衝突軌道上にあるそうなのよ」
「コンテナなら耐えられますか?」
「積み荷によるから分かんないって……」
「そんなぁ……」
「急ぎましょ! 衝突までもう時間がないわ!」
一難去ってまた一難。コンテナが衝突してくるのはもう確定らしい。外壁が耐えてくれるかどうか……。俺は暗い想いに押しつぶされそうになりながらミネルバの後を追った。
「ハァハァ……。ここよ、準備して! 来るわよ!」
ミネルバは粘着ゴム銃のロックを外しながら言った。
目の前に広がるのっぺりとした漆黒の壁。ここにコンテナがすごい速度で突っ込んでくる……らしい。大穴を開けられたらこの星は終わりだ。エステルもみんなもこの世から消え去ってしまう。俺にできることは穴が小さかった場合、ふさぐことだけだ。ゴム銃のロックをガチャッと外し、俺も構えた。
「あと三十秒!」
ミネルバが叫び、いよいよ秒読みが始まった。
「十、九、八、……」
何億人もの人たちの命運が決まる瞬間がやってくる……。
俺は心臓がバクバクとかつてないほどの音を立てて鼓動してるのを聞いた。数日前まで就活でリクルートスーツを着ていた学生が、世界を守るため、愛する人を守るために海王星でゴム銃を構えている。
どうしてこうなった?
俺はこの数奇な運命に苦笑いをし、ゴム銃をもう一度構え直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます