3-13. 猫の人
ドアをくぐって、俺は驚いた。なんとそこには富士山がドーンと目の前にそびえ、足元には芦ノ湖が広がっていたのだ……。異世界なのになぜ?
「は、箱根ですか!?」
思わず俺は声に出してしまう。一面ガラス張りの部屋の景色は最高で、思わずため息が出てしまう。しかし、日本の箱根であれば湖畔に多くの建物があるはずだが……、何も見当たらない。ここは異世界の箱根のようだ。日本と同じ地形データを使っているということ……なのだろう。俺は改めて仮想現実空間の奇妙さにクラッとした。
奥から頭が猫の人が出てきて言った。
「そうよ、箱根。いい景色でしょ?」
俺は一瞬どういうことかと混乱した。猫だ……猫の人だ……。
茶シロのスコティッシュフォールドで、オレンジ色の瞳……。そんな愛らしい猫が身長百六十センチくらいで立ち、アイボリーのワンピースを着て人の言葉を話したのだ。
俺が言葉を失っていると、エステルが、
「うわぁ、猫の人ですぅ!」
と、うれしそうに彼女に近づいた。
「あなたがエステルさんね、こんにちは」
そう言って猫の人は手を差し出してエステルと握手をする。手は毛におおわれてはいるが人間の手の形をしていた。
「ミネルバ様……ですか?」
俺が恐る恐る声をかけると、
「そうよ、ソータ君ね。初めまして」
そう言って俺とも握手をしてニッコリと笑った。さすが
「もうすぐ大聖女のマリアンも来るわ」
ミネルバはニッコリとそう言った。
「……。マリアン……?」
この名前は憶えがある。魔物倉庫で聞いた名前だ。この世界の
名前が同じだけという、そんな曖昧な事を話していいものか一瞬悩んだが、多くの人命がかかっている話であり、何でも話しておこうと思った。
「あのぉ……」
「何?」
ミネルバはクリッとした瞳を大きく開いた。実に可愛い。可愛すぎる……。猫は反則だ。
俺はちょっと目を背けて大きく息をついて言った。
「写真の魔物倉庫に若い女性が入ってきて、名前が『マリアン』だったんです」
「えっ!?」
ミネルバは驚いて魔王と目を見合わせる。
「ひょっとすると……」
魔王は
「もし、そうだとするならば……。いろいろ
ミネルバも渋い顔をする。猫でも表情は良く分かる。
重い沈黙の時間が流れた。
「まぁ、ちょっと座って」
ミネルバはそう言うと俺とエステルに椅子をすすめ、空中からマグカップのコーヒーを出すと俺たちの前に置いた。
俺は荒れることを予想し、鏡を足元に横に立てかけてスタンバっておいた。
◇
ピロパロポロン!
電子音がして、ドアが現れた。
「どうぞー」
ミネルバは可愛い猫の声で叫んだ。
入ってきたのは豪華な純白の法衣に身を包んだ銀髪の女性だった。スッと鼻筋の通った色白の美しい女性は高貴な気品をたたえ、その目は鋭く朱色に輝き、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
マリアンはにこやかに俺たちを見回して……、エステルを見つけると、
「あれ? 六十一号!? なぜあんたがここにいるのよ?」
と、トゲのある声で言った。
エステルは、椅子から降りてひざまずくと、
「だ、大聖女様、ご、ご機嫌麗しく……」
と、震える声であいさつをする。
どう見ても尋常じゃない。教会関係でつながりがあるのだろうが、番号で呼ぶとはただ事ではない。それに六十一とはエステルのうなじに彫られた数字ではないか。この二人はどういう関係だろうか?
ミネルバはそれを見て、
「彼女は私が呼んだの。それより、これ、何なの?」
と言って、写真を空中に投影し、マリアンをにらんだ。
マリアンは写真を見て、一瞬驚愕の表情を浮かべると、エステルをにらみ、
「あんた! 裏切ったわね!」
そう言って、ひざまずいているエステルの頬をパン! と張った。
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