3-14. ネオエンジェル六十一号

「何するんですか!」


 俺はエステルを抱きかかえて後ろに下げ、マリアンをにらんだ。


「わ、私は何もしてないですぅ……」


 エステルはか細い声で言った。


 ミネルバは、


「暴力は止めなさい! あなたが魔物の侵攻をやってたのね。一体どういうこと?」


 と、マリアンに迫りながら問い詰める。


 マリアンも負けずにミネルバを冷たい目でにらみつけた。そして、


「ふっ、はっはっは! あーあ、バレちゃった。そうよ、私が魔物を使って街を襲ってたのよ」


 マリアンは余裕の表情でミネルバを見つめる。


「あなたの行為は海王治安法第32条に違反する重大な犯罪よ。なぜ、こんなことやったのよ!」


 怒るミネルバ。


「ふんっ! あんたらのやり方が生ぬるくて見てらんなかったのよ。あなた、最近成果全くないじゃない。このままじゃこの星、消去処分よ? どうすんの?」


「ど、どうすんのって、地道に改善策を話し合ってきたじゃない。何を今さら」


 マリアンは肩をすくめて言った。


「あなた、人間という物を分かっていないわ。人間は欲望の生き物。金と権力にとりつかれた亡者なの。結果オッサンたちが利権を独占し、ガチガチな社会を作り上げた……。この星の若者見てみなさいよ、みんな老害たちに翼をもがれて苦しんでるわ」


「社会の安定のためには……」


「何が安定よ! 老人が何もせずに大金をせしめる社会が安定した社会? ふざけんじゃないわよ!」


「それは貴族制の問題だから……」


「違う! 全然違うわ! その男の故郷、日本を見てみるといいわ。貴族なんていないのに老害がガチガチの利権社会を作って若者を潰してるわ。日本では大企業が貴族の代わりをしているのよ。要はシステムの問題じゃないの、人間のごうの問題だわ」


 俺は反論しようとしたが……、大企業に入ろうと必死に就活を繰り返してた俺には、言葉が浮かばなかった。


「なら、どうするのよ?」


 ミネルバが言った。


「欲望に縛られない新人類ネオエンジェルに入れ替えるのよ。人を騙さない、嫉妬しない、損得勘定しない、独り占めしない、そういうオープンな感性を持った、いつまでも歳をとらないフレッシュな若者……、彼らに入れ替え、理想郷フェアリーランドを作るの」


 マリアンはうれしそうに微笑んだ。


 新人類ネオエンジェル? まさか……、俺はエステルを見た。エステルは俺の視線を感じると、ビクッとなって縮こまってしまった。


「そんな社会上手くいくわけないわ!」


 ミネルバが叫ぶ。


「ソータ君……だっけ? あなた、新人類ネオエンジェルと一緒にいたんでしょ? どうだったのよ?」


 マリアンはニヤッと笑って聞いてくる。


「エ、エステルの事か?」


 俺は青い顔をして聞いた。


「名前なんて知らないわ、そこの娘、六十一号のことよ」


 やはり……、俺は目の前が真っ暗になった。エステルは人間ではなかったのだ。優しく献身的でいつまでも子供な存在……、それは作られた新人類ネオエンジェルだった……。


「ソ、ソータ様、ち、違うの!」


 エステルが俺にしがみつき、涙目で訴える。


 俺はエステルを蒼白な顔でジッと見下ろした。なんて言ったらいいのか俺は完全に言葉を失ってしまった。


 なるほど、確かに世界中エステルみたいな人だらけになったら、争い事も揉め事もなくなるだろう。それは一つ真理を突いてるなと思った。思ったが……、そんな社会など価値があるんだろうか? 毎日三食スイーツしか食べないような社会って感じがして非常に抵抗を感じる。


「そんな社会、発展などしないわ。それに大量虐殺は違法。直ちにお前を拘束する!」


 ミネルバはそう叫ぶと全身を光らせて、


「ホーリーバインド!」


 と、叫んだ。放たれた光のロープがマリアンをグルグル巻きにしていく。


 しかし、余裕の笑みを浮かべるマリアン。


 直後、ハッ! とマリアンが叫ぶと光のロープは飛び散って霧散し、逆に新たに生成されたロープであっという間にミネルバと魔王と俺をそれぞれしばった。


「うわぁ!」「な、なぜだ!」「ぐわぁ!」


 いきなり縛られ、バランスを崩し、尻もちをつく俺。


「ふふっ、あなた達の権能はすべて奪ったわ。事故死として処理しておくわね。さようなら」


 マリアンはうれしそうにそう言うと、腕をデカい窓ガラスに向けてブンと振って、窓ガラスを全部粉々に砕いた。そして、


「六十一号、行くわよ!」


 そう言ってエステルの腕をつかむと、窓の外へと飛んだ。


「エステル!」


 身動き取れない俺が叫ぶと、


「いやぁぁぁ! ソータ様ぁ!」


 悲痛な叫びが遠ざかっていく。


「ヤバい! 逃げないと! あいつ撃ってくるわ!」


 ミネルバが叫んだ。


「ダメだ、能力が全部ロックされてる!」


 魔王は青くなって言った。


 俺は足で鏡を蹴り倒すと、


「ここに逃げてください!」


 そう叫んで鏡に飛び込んだ。


 直後、箱根は激しい閃光に覆われ、真っ白い繭のような衝撃波が箱根全体に大きく広がった。それはまさに地獄絵図であった。全ての樹木はなぎ倒され、芦ノ湖の水は吹き飛ばされ、全てが温泉地獄の大涌谷おおわくだにのような焦土と化した。そして、中から真紅のキノコ雲がモクモクと吹きあがっていく。


「はっはっは! これで世界は私の物だわ! 六十一号! あなたも手伝うのよ、分かったわね?」


「ソ、ソ、ソ、ソータ様……、あぁ! ソータ様ぁ! いやぁぁぁ!」


 錯乱し、泣き叫ぶエステル。


「うるさいわね! 記憶を消してあげるわ。あんな男、六十一号には要らないわ」


 そう言って、マリアンは逃げようともがくエステルの額に手を当てた……。


「やめてぇぇぇ!」


 悲痛な叫びが、巨大クレーターのはるか上空で響いた。

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