3-10. 魔王の悩み

「ゴメン、起きるから先行ってて」


 俺はエステルを優しくゴロンと横に転がした。


「もぅ、ソータ様は世話が焼けるですぅ」


「ゴメンね、これからも毎朝起こしてくれる?」


 ニッコリしながら聞いてみた。


「起こして欲しいです?」


 エステルはキョトンとしながら聞いてくる。


「うん、ずっと……」


「ずっと……、ですか? まるでお嫁さんみたいですね」


 エステルはニッコリと笑って言った。


「そういうの……、嫌かな?」


 俺はゆっくりと起き上がりながら聞く。


「……。ずっと一緒なのはうれしいです……、ですが……」


 エステルはうつむいてしまう。


 いつもと違う調子に俺は焦り、早口で聞いた。


「な、何か問題が?」


「……。じ、実は……」


 コンコンコン!


 ドアがノックされ、


「朝食でーす!」


 おばさんが声をかけてきた。


「ハーイ!」


 エステルは返事をすると、


「先に行ってるです!」


 そう言って、出て行ってしまった。


 肝心のところが聞けなかった。エステルが気に病んでいることは何なんだろう?


 先輩の話では、彼女は俺との結婚を望んでいるという事だったのに。


 望んでいても結婚は出来ないってこと? 実は婚約者がいるとか、宗教上の制約があるとか……、なんだろうな?


 これはプロポーズしても断られる可能性があるという事だ。いまさらそんな展開アリか?


「なんだよぉ……」


 俺は額に手を当て、ベッドに背中からバタリと倒れ込んだ。なんだか急にエステルが遠い存在になってしまった気がした。


      ◇


 結局、言い出す機会もなく、エステルの問題は謎のまま時間になり、俺たちは魔王の屋敷まで来ていた。


 石造りの重厚な建物には、233と書かれた小さくオシャレな金属パネルが掲げられ、立派なドアがある。


 俺は大きく深呼吸を繰り返すと、コン! コン! とライオンのドアノッカーで叩く。


 しばらくしてドアが開き、中から黒いスーツを着た男性が姿を見せた。


「いらっしゃいませ。どうぞ……」


 俺たちは男性の後をついて廊下を進む。


 この世界の破滅をもくろむ魔王。一体どんな人なのだろうか?


 なぜ、こんな所に一般人のように暮らしているのか?


 謎だらけである。


 男性は居室のドアの前で止まると、コンコンとドアをノックして、


「マスター、お客様がお見えです」


 と言った。そしてドアを開け、


「どうぞお入りください」


 と、俺たちを部屋へと案内した。


 部屋に入って驚いた。そこには巨大なモニターが何枚も展開されており、数字、グラフ、世界各地の映像がびっしりと表示されていて、まるで証券トレーダーのディーリングルームのようだった。


「よく来たね、まぁかけて」


 Tシャツにジーンズ姿の大柄な白人男性がニコッと笑うと、ソファーを指さした。


 魔王? 彼が? 俺はおどろおどろしい悪魔の化身のような存在を想像していたが、実際はアメリカのハッカーみたいな人だった。


 俺たちは言われるがままに座ると、スーツの男性がうやうやしく紅茶を注いでくれた。


「魔王……様ですか?」


 俺は聞いてみる。


「そう、僕は魔王。ソータ君だね。ヴィーナ様からよく話は聞いているよ。こちらが……フィアンセかな?」


「フィアンセ?」


 エステルが首をかしげる。


「あー、彼女はパートナーです! パーティー組んでるんです!」


 俺は冷や汗を流しながら説明する。先輩はどんな説明してるんだ? 非常に困る。


「あ、そうなんだ。ふむ」


「魔物の襲来なんですが、止めてもらうことはできますか?」


 俺は単刀直入に言った。


「あれね、私がやってるんじゃないんだよ」


 魔王は肩をすくめて困ったような顔をする。


「え? じゃ、誰が?」


「それが……、分からないんだ」


 魔王は額に手を当て、眉をひそめると目を閉じた。

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