3-8. ダイヤモンドリング

 ピロン!


 その時、スマホが鳴った。新着メッセージだ。


 ここは異世界、圏外である。電波など飛んでない。なのにメッセージが届く……。先輩だ。こんな事ができるのは彼女しかいない。


 俺はタオルで顔を拭くと、スマホのロックを解除した。


『魔王の住所はこちら→カルセーヌ通り233 明日朝十時に行く事。 で、まだなの?』


 俺は文末を見て思わず噴き出した。


「ソータ様、どうしたですか?」


 エステルがタオルで髪を拭きながら、首をかしげて俺を見つめる。


 先輩がどうやら楽しみにして監視しているらしい。趣味悪いなぁ……。


「い、いや、大丈夫。ところでカルセーヌ通り233ってどの辺?」


「え? ここがカルセーヌ通りですよ? 233ならあの辺じゃないですかね?」


 エステルは通りを指さす。


「マジか……」


 俺は思わず額に手を当てる。魔王は近所にお住まいだった……。


 俺は先輩に返事を返す。


『朝十時了解です。例の件は、指輪とかの準備が要るので……』


 ピロン!


 すぐに返事が返ってきた。


『右ポケットに用意しておいたわ。良かったら使ってね♡』


 右ポケット!?


 俺は急いで右ポケットに手を突っ込むと……、硬い物が入っていた。


 まさか……。


 俺はその四角い小さな箱をそーっと取り出し、机の下でひそかに確認する。


 箱を開けると、そこには立派な指輪が入っており、大きなダイヤモンドがキラキラッと光った。


 俺は思わず天を仰ぐ。なんだこのイリュージョンは!?


 着実に外堀を埋めてくる先輩。こんな急かされなくてもやりますよ。


「それ何ですか?」


 エステルが机の下をのぞいて聞いてくる。


「あ――――っ! 何でもない! 何でもないよ――――!」


 俺は冷や汗をかきながら、急いでポケットに突っ込んだ。


 怪訝けげんそうな顔をするエステル。


「エ、エステルの将来の夢って何かな?」


 急いで話題を変える。


「しょ、将来ですか? うーん、お嫁……さん、かな?」


 真っ赤になって下を向くエステル。話題が変わっていない……。


 折角だから、さりげなくリサーチをしてみよう。


「ど、どういう人と結婚したいの?」


 エステルはチラッと俺を見て、


「昨日の夜に、女神様が夢に出たです。女神様は『あの人がいいんじゃないか』っておっしゃってくれたんですぅ……」


 と、恥ずかしそうに言った。


「あ、あの人って誰かなぁ?」


 心当たりある俺はドギマギして聞いた。


「そ、それは……。ひ、秘密ですっ!」


 そう言って真っ赤になり、


「おトイレ行ってきます!」


 と、言ってテッテッテと駆けて行った。


 ピロン!


 スマホが鳴った。


『そういうの、男らしくないと思うわ』


 女神様からの突っ込みが入る。なんで見てるんだよ! 俺は思わず周りを見回してしまう。


 でも、確かにちょっとズルかった気がする。反省した。


『魔王の件が片付いたら言います』


 そう返事をしておいた。


      ◇


 かなり酔っぱらって二人は宿屋に帰ってきた。


 エステルはベッドにピョンと身を投げると、


「えへへ、幸せですぅ」


 と、最高にうれしそうな顔をして言った。


「今日もいろいろあったなぁ……」


 俺もエステルの隣にゴロンと転がって言った。


「ソータ様と出会ってから、驚くことばかりですぅ」


 エステルはニコニコしながら俺を見て言う。


「それは俺も同じだよ」


 そう言って二人で見つめ合って、笑った。


 そして、俺は酔いも手伝って、


「俺……、今晩……、ここで寝ていいかな?」


 と、勇気を出して言った。


「いいですよ!」


 うれしそうに言うエステル。


 やった! 俺は秘かにガッツポーズ、期待に胸がはちきれそうになった。


「じゃあ、私はソータ様の部屋のベッドで寝るですね! このベッド寝心地最高ですよ!」


 そう、ニコニコして言った。


 あれ……? そういう意味じゃ……、ないんだけどな……。


「じゃあ、また明日! おやすみですぅ!」


 そう言ってエステルは、ピョンとベッドから飛び降りると、鏡の中へと消えて行った。


「あ……」


 俺は力なく手を伸ばし……、はぁ~っと大きく息をついた。


 本当にあの人、俺より年上なんだろうか?


 一瞬、スマホが鳴るんじゃないかと身構えたが、さすがにそんなことは無かった。


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