3-7. ジョッキ爆散
魔物が倒れた後には当然魔石が転がっている。まさに魔石の畑状態だ。しかし、残念ながら拾っている暇はない。殺虫剤を配置し終わって、時間が余っていたら回収したい。
俺は淡々と殺虫剤を配置していったが、途中から異常に速く走れるようになっていることに気が付いた。ステータスを見るとなんとレベルが七十になっていた。よく考えれば当たり前である。十分の一の魔物を倒しただけで十万匹の魔物を倒したことになるのだ。これは冒険者の十年間分くらいの経験値に相当するのではないだろうか?
さらに俺は奥の方のドラゴンの区画へ行った。そこにはアパートくらいのサイズの巨大な恐竜のような魔物がずらりと並んでいた。ワイバーンの二回りくらい大きい巨体はびっしりとウロコで覆われており、鋭い爪や恐ろしい牙が光っていた。そんなのが何十匹も並んでいるのだ。動かないと分かっていても近づくのは本能的に避けたくなる迫力がある。
隣には一つ目の巨人、サイクロプス。その奥にはドラゴンよりデカい岩の巨人、ゴーレムの群れが鎮座していた。
俺はそれらの区画にも丁寧に殺虫剤を配置していく。
ドラゴンの魔石はきっと相当高額になると思ったので、これだけは集めておいた。
また、この奥の区画は経験値がめちゃくちゃ高いらしく、ステータスを見るとレベル百二十に上がっていた。
このくらいまで上がると運動能力の向上は顕著で、三キロくらいなら一分もかからず走れてしまう。
二時間くらい頑張って、ようやく三百個の殺虫剤を配置し終わった。
あちこちにまだ魔物は残っているが、ここまで叩いておけば侵攻は中止になるだろう。
と、この時、ガチャガチャ! とドアノブが音を立てた。どうやら戻ってきてしまったようだ。
魔石集めは諦め、急いで撤退する。
◇
部屋に戻ると、俺はエステルとハイタッチをした。
「イェーイ!」「やったですぅ!」
ニコニコと笑う可愛いエステル。
俺は我慢できずにそっとエステルに近づくとハグをした。
「ソータ様ぁ……」
エステルもうれしそうに俺のハグを受け入れてくれた。
甘酸っぱい優しい香りに包まれ、例えようのない幸せが俺を包んでいった。
このままベッドに押し倒してしまおうか……、一瞬欲望が頭をもたげる。しかし、まだ告白もしていないのだ。グッと我慢をする。
ちゃんとプロポーズしてから……。さて、どこでどうやって?
さすがにこんなホコリまみれのまま、自室でするようなものじゃないなと思う。ちゃんとタイミングは図ろう。
「今日はありがとう。ご飯食べに行こう」
と、ぎこちない笑顔で言った。
「うん、お腹すいたですぅ!」
屈託のない笑顔で笑うエステル。
いつになく笑顔が輝いて見えた。
◇
エステルお勧めの近場のレストランへと移動する。ここは揚げ物が美味しいそうだ。
まずはお互いの健闘を祝って木製のジョッキで乾杯。
「カンパーイ!」「かんぱーい!」
ジョッキをぶつけると……、
ドゥガーン!
派手な音がしてジョッキが爆発した……。
泡だらけになる二人……。
店員がタオルを持って飛んできた。
「ごめんなさい、何があったんでしょう?」
申し訳なさそうな店員に、俺はタオルで拭きながら言った。
「いや、ちょっと力加減を間違えただけです。ごめんなさい。おかわりください」
何があったのか全く分からないエステルに、
「ステータスを見てごらん」
と、言った。
「ステータス……? ひゃぁ!」
驚くエステル。
「レ、レベル百二十……ですぅ」
エステルは困った顔をして俺を見る。
「Aランク冒険者、ネオ・エステルになったな」
「え? 私、殺虫剤を下ろしてただけですよ?」
「殺虫剤を置いてただけの俺はレベル百五十だよ」
苦笑する俺。
見つめ合う二人。
そして……、
「くっくっく……」「ひゃっひゃっひゃ……」
お互い変な笑いが湧いてくる。段々おかしくなってきて、
「はっはっは!」「きゃはは!」
大きく笑った。
そこに新しいジョッキがやってくる。
「よし! 俺たちスーパーAランクパーティにカンパーイ!」「かんぱーい!」
うれしくなってジョッキをぶつけた。
ドゥガーン!
また泡だらけである……。俺は自らの馬鹿さ加減にちょっと呆れたが、それより湧き上がるうれしさが勝っていた。
「はっはっは!」「きゃはは!」
俺たちはお互いのずぶ濡れの様を見てまた大笑いした。
俺は久しぶりに心の底から笑った。就活地獄の日々から打って変わって、この数日に詰め込まれた、まるでオモチャ箱みたいなイベントの数々……。うん、人生絶好調だ!
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