3-3. 立ち昇る死の香り

「ソータ様ぁ……」


 エステルは荒い息をしながら痛みに耐えつつ俺に訴える。


 矢は抜かねばならないが、矢じりが残ってはマズい。つまり、切り裂いて取り除かねばならない……、が、切るの? 俺が?


 俺は思わずクラクラした。


 しかし、これは一刻を争う。俺は落ちて転がっている鏡を拾い、段ボールケースから引き出した。


 木製の枠の左上の角は粉砕され、枠も外れかけていたが鏡面は無事だった。試しに潜ってみたら俺の部屋に繋がっている。大丈夫なようだ。


 俺はエステルを抱き上げると部屋のベッドに横たえた。


 そして、カッターナイフを取り出すと、殺菌用のアルコールで綺麗に拭いた。太ももも俺の両手もアルコールで全部消毒する。


「見るなよ、歯を食いしばれ!」


 そう言って俺は矢の食いこんでいる太ももにカッターの刃先を当てた。


「ソータ様ぁ……」


 苦しそうなエステルの声が響く。


 カッターがカタカタと震えている。


 俺は目をつぶって大きく深呼吸を何度も繰り返し、そして、


「行くぞ!」


 そう言って、ザクッと刃を押し込んだ。


「ギャ――――!」


 悲痛な叫びが耳をつんざく。


「頑張れ!」


 噴き出してくる真っ赤な血の中に指を入れ、矢じりを見つけ、俺は矢を引き抜いた。


「うわぁぁぁん!」


 取り乱し号泣するエステル。


 俺は傷口をタオルで縛り、


「矢は抜いた、ダンジョンに連れてくから治癒魔法を使え!」


 そう言って鏡をリセットすると、エステルを抱き上げ、ダンジョンへと連れて行った。


 苦しみながらエステルは必死に治癒魔法を唱えた。


「ヒ、ヒ、ヒール!」


 エステルの身体がボウっと光り、傷口は回復しているように見えた。


 俺は再度抱き上げてベッドに寝かせる。


 しかし……、エステルはまだ苦しそうだ。


 タオルを外して傷口を見ると、傷は縫合されていたが、赤黒い色が落ちていなかった。


 毒……、かもしれない。


 俺は急いで解毒のポーションをカバンから出してエステルに飲ませた。


 しかし……、赤黒い色はどんどんと大きくなり、太もも全体に広がり始めた。


「えっ!? なんでだよ!」


 俺はポーションを太ももにかけてみた……。


 全然効果がない。


 そして俺はここで大きな過ちに気が付いた。日本ではポーションは効かないのかもしれない……。


 つまり、鏡の向こうで飲まさなければ効果は発揮しないのではないだろうか?


 しかし、ポーションは全部使ってしまった。


「ヤバい! どうしよう!?」


 俺は頭を抱えた。


 今から魔道具屋に行くにはダンジョンをダッシュで抜けて駆けて……うまくやっても1時間くらいはかかりそうだ。


 エステルを見ると太ももの赤黒い色はどんどんと広がり、下腹部まで変色してきている。とても1時間ももちそうにない。


 詰んだ! あの、殺された盾の若者のおぞましい死体がフラッシュバックしてくる。


 ど、ど、ど、どうしよう……。


 俺はエステルを失いつつある現実に目の前が真っ暗になった。


「ソ、ソータ様ぁ……」


 もうろうとするエステルが、うなされてうわごとのようにつぶやく。


 俺はエステルの手を両手でしっかりとにぎった。


「な、なに? どうした?」


 涙がポロポロと湧いてくる。


「ドジで……、ごめんなさい……」


 くぅ……! 俺は涙でぐちゃぐちゃになった。


 違う、ドジなのは俺だ。貴重なポーションをまぬけにも無駄にしてしまった。


 ダンジョンで飲ませるだけだったのに、なぜ、気が付かなかったのか……。


「ゴメン、ゴメン! ドジは俺の方だ!」


 俺は叫んだ。


 俺はどうしたらいい?


 彼女を失う訳にはいかない。寝食を共にし、死線をかいくぐってきた大切な仲間。今エステルに死なれたら俺はどうにかなってしまう。


 ダメだ、考えろ! 考えろ!


 何か手があるはずだ。


 救急車を呼ぶ? いや、こんなファンタジーな毒、現代医学で対応可能かどうかも怪しい。


 こんな毒を治せるのは……、そうだ! 先輩だ! 先輩ならこんな毒一瞬で治せるに違いない。何としてでも頼み込んで治してもらうしかない。


 俺はスマホを取り出すと、メッセンジャーから『通話』を選んでタップした。

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