3-1. 戦闘準備
その日、俺は淡々と作業をこなしていった。ギルドマスターとかけあい、金貨を出してもらって、その金貨を買い取ってもらい、そして卸売問屋に殺虫剤の買い付けに行った。
在庫にあった千個全てを買い取り、倉庫で人目につかないように気をつけながら、床に置いた鏡に放り込んでいく。何しろ殺虫剤は全部で五百キログラム、到底運べないのだ。
鏡に放り込んだ殺虫剤は、宿屋に立てかけておいた鏡からポーンと飛び出してきてベッドの上に転がる。ネオ・エステルはそれを拾って箱の中に入れていく。百個くらい送った後に様子を見たら、
「まだまだ行けるですよ!」
と、ネオ・エステルは笑っていた。
だが、五百個を超えた辺りから疲労が目立ち始め、ただのエステルに戻っていた。仕方ないのでペースを落とし、途中、手伝いながらなんとか千個全部異世界へと運び込めた。これで普通の殺虫剤一万六千個分に相当する。十万匹叩く上ではそこそこ頼れそうだ。
俺は五百キログラムの頼もしい殺虫剤の箱の山を見て、グッとこぶしを握った。
◇
夕方、コンビニで買ってきたクリームブリュレとコーヒーで休憩を入れる。
「どうだ、ネオ・エステル、美味いだろ?」
俺が聞くと、
「もう、ネオは止めたんですぅ」
そう言ってうつむいた。
「あれ? どうしたの?」
「一時的に気合入れるだけじゃ足りないんだなって、思ったんですぅ」
「おぉ、いいじゃないか。それを気づけただけで、もうネオ・エステルだよ」
「えっ?」
「そういう気付きを積み重ねて成長していく事が大切じゃないか、って最近思うんだ。偉そうに言ってるけど、俺自身勉強させられてるよ」
そう言って微笑みながらエステルを見た。
「うふふ……、ソータ様、ありがとですぅ」
エステルはそう言って、クリームブリュレをすくって食べ、顔を揺らし、幸せそうに微笑んだ。
◇
続いて線香を使った遅延発火殺虫剤のテストである。殺虫剤の缶を三つ束ね、それぞれに長さの違う線香をさして時間差発火で長時間煙を出し続ける。他の人が使っても効けば成功である。理屈は分からないが、俺が着火すれば誰が持っても効くに違いない。
鏡を一旦リセットして、俺たちは最初にエステルに出会った位置からダンジョンにエントリーする。
慎重に進み、広間を見たらゴブリンが五匹いた。彼らでテストをしたいと思う。
俺は長さを変えた線香に火を点け、束ねた殺虫剤の点火口にさしていく。さて、上手くいきますかどうか。
線香が順調に燃えていくのを確認し、俺はエステルに持たせた。
「煙が出てきたらゴブリンに向けてね」
「分かりました!、ドキドキしますぅ」
エステルは緊張して頬が紅潮している。俺は上手くいかなかった時のために、ハチ・アブ・マグナムZを装備してガチャッとロックを外した。
やがて最初の缶に火が入り、ボシュー! とすごい勢いで殺虫剤が噴き出してきた。さすがに十六倍の薬剤の入った業務用、煙の濃度が段違いにすごい。
「エステル! GO!」
俺の掛け声でエステルがテッテッテと駆けていく。俺は後を追った。
気が付いたゴブリンたちが、
「ギャッギャッギャ!」「グゥゴォ――――!」
と、喚きながらこっちに駆けだして……、「ギャウッ!」と断末魔の悲鳴をあげながら魔石になっていった。
「やった! 成功だ!」
「やったぁ!」
俺たちは見つめ合って喜んだ。
そのうちに殺虫剤の噴霧が止まり、次の殺虫剤に火が入った。
ボシュー!
噴き出す強烈な薬剤。
「ちょっとこれ、止められないですか?」
「あー、一度火がついたら無理だなぁ……」
「ちょっと煙いですぅ」
「困ったな、部屋に戻るか」
「あっ、ちょうど魔物が出ました!」
エステルはそう叫ぶと、殺虫剤を持って向こうの洞窟へと駆けていく。
「あっ、走っちゃダメだって!」
俺は急いで追いかける。
「大丈夫ですぅ――――」
そう言いながらエステルはテッテッテと駆けていくが……。
カチッ!
嫌な音が洞窟に響いた……。
「きゃぁ――――!」
パカッと落とし穴が開き、エステルが落ちて行く。
「エステル――――!」
穴へと消えていくエステルを見て、俺は真っ青になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます