2-14. ネオ・エステル

「ソータ様はなぜ女神様と仲良しですか?」


 エステルは首をかしげて聞いてくる。


「女神様は大学のダンスサークルの先輩なんだよね……」


 俺は自分で説明しながら、説明になってない気がして思わず額に手を当てる。


「女神様と一緒に踊ってたですか?」


「そうそう」


「えっ!? 見せてください!」


 エステルの目がキラッと輝いた。


「うーん、そんな見せる程上手くないけどなぁ……」


「ぜひぜひ~!」


「しょうがないなぁ」


 酔いも手伝って俺は久しぶりに踊ってみる。


 テーブルをずらして、スマホから音楽を流し、リズミカルに軽く腰を落としながら、足を開いて右行って左行って、手はクラップ。


「すごい、すごーい!」


 喜ぶエステル。


 調子に乗ってリズミカルに左右に重心を移しながら、足をシュッシュと伸ばし、肩を回しながら腕を回し、収める、再度回して、収める。


「ふぅ、こんな感じ」


「すごーい! 女神様のダンス、私にも教えてください!」


 キラキラとした瞳で俺を見つめるエステル。そんな目をされると断れない。俺はベッドに座って言った。


「じゃ、そこに立って」


「こうですか?」


「そこで腰を落として足開いて右」


「こう?」


「そして、一回戻って今度左」


「こうですか?」


「上手いじゃないか。じゃ、それを連続でやってごらん」


 俺は音楽を流して手拍子を打った。


「じゃぁいくよ、3、2、1、ゴー」


 頑張って踊るエステル。


「はい、いっちにーいっちにー」


 しかし、そのうちに頭が混乱してきて足を引っかけ、倒れ込む。


「キャー!」「うわぁ!」


 エステルはベッドの俺の方へと倒れる。慌てて身体を受け止める俺。


 そして、勢い余ってベッドの上で重なってしまう二人。


 はぁはぁとエステルの甘い吐息が耳元で聞こえる。


 ふんわりと漂ってくるエステルの甘酸っぱい香り……。


「だ、大丈夫?」


 俺はドキドキしながら聞いた。


 部屋の中にはスマホからの音楽が流れ続けていた。


「ソータ様……?」


「ど、どうした?」


 柔らかいエステルの身体から、温かい体温が伝わってくる。


「私……、ソータ様のおそばに居て……いいんでしょうか?」


 いつになく低い声で深刻そうに言うエステル。


「えっ?」


 エステルはゆっくりと体を起こすと、


「私、こんなにドジで、ソータ様の足を引っ張るかもしれないです」


 暗い顔でそう言った。


「何言ってるんだ、エステルは十分に役に立ってるよ」


「そうでしょうか……? 私恐いんです」


「え? 何が?」


「いざという時にドジ踏んで、多くの人に犠牲が出ちゃったりするんじゃないか、って思うんです」


 そう言って、涙をポトリと落とした。


 俺はそっと起き上がり、優しくエステルをハグして言った。


「エステルが失敗したなら、それはエステルに仕事を頼んだ人の責任なんだ」


「えっ?」


「だから、気に病む事はないよ」


「うっうっ……、ソータ様ぁ……」


 しばらくエステルは俺の胸で泣いていた。朝に『ポンコツの出来損ない』となじられたことで小さな胸を痛めていたに違いない。ランプの炎が揺らめく部屋には嗚咽おえつが静かに響き、俺はゆっくりとサラサラな金髪を何度も何度もなでてあげた。


 しばらくすると、スースーという寝息が聞こえてきた。


 泣き疲れて寝てしまったらしい。まるで幼児みたいだ。


 俺はそっとベッドに横たえると上から毛布をかけた。


 綺麗な金髪に透き通る白い肌、まるでお人形さんみたいなエステル。


 俺はしばらくエステルの寝顔を眺め、


「いい夢見てね……」


 そう言って髪をそっとなでる。


 そして、慣れない手つきでランプを消し、手探りで部屋へと戻った。


      ◇


 翌朝、俺が自分のベッドで寝ていると、バーンとドアが開き、


「ソータ様ぁ、朝ですよ――――! ご飯ですぅ!」


 と、エステルが上機嫌で入ってきた。


「うーん、もうちょっと寝かせて……」


 俺は毛布を引っ張り上げてもぐる。


「宿のおばさんが『早く』って」


 そう言いながら、エステルは毛布を引っ張る。


 食事つきコースを選んだのは失敗だった。


 俺は観念してゆっくりと起き上がり、頭をかいて大きなあくびを一つ……。


 そして、エステルを見ると……額にハチマキのような金属プレートをしている。


「あれ? それ、どうしたの?」


「今日から私は変わったのです! ネオ・エステルとお呼びください!」


 エステルなりに変わろうとしているらしい。でも、こういうのって長続きしないんだよね。


「はいはい、ネオテルちゃん。着替えるから先行ってて」


「ネオテルじゃないです! ネオ・エステルですぅ!」


「分かったから。それとも何? 着替え見たいの?」


 俺はそう言ってニヤッと笑った。


「いや、そ、そういう訳じゃ……。じゃあ食堂行ってるです!」


 そう言って真っ赤になって出て行った。


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