2-10. 十万匹の魔物

 俺はエステルと一緒にマスターの部屋へ行き、ソファーに座る。


「ソータ君、忙しいところ悪いね」


「いえ、何かありましたか?」


 マスターは目をつぶり、大きく息をつくと言った。


「教会から連絡があって、女神様より神託が下ったそうだ」


「女神様はなんて?」


「『三日後に魔物の大侵攻がある。その数、十万。ギルドのCランクの新人に頼れ』だそうだ……」


「ブフッ!」


 俺は思わず噴き出してしまった。先輩、なんという無茶振りを……。


 俺は頭を抱えた。


「君は女神様にも注目されているようだね……」


「あー、そうかもしれません……。しかし、十万匹って一人の人間がどうこうできるレベルを超えてますよね?」


「そうは思うんだが、女神様直々の推薦だからね。ギルドとしてもソータ君に頼らざるを得んという訳なんだ」


 俺はエステルの方を見た。


「ソータ様ぁ……」


 エステルは不安げに俺を見る。


「分かりました。三日後ですね。何ができるかちょっと考えてみます」


「頼んだよ。この街の命運は君にかかっているのだ」


 マスターは熱を込めて俺に語りかける。


 俺は目をつぶって大きく息をつき……、


「分かりました! エステル、行くぞ!」


 そう言って立ち上がった。


「何か手伝えることがあったら言ってくれ」


 マスターは俺の目をジッと見る。


 俺はちょっと考えて言った。


「私の攻撃はこの薬剤を使います。十万匹であれば膨大な量の薬剤が必要になります。調達の費用をお願いできますか?」


「金の事なら心配しなくていい」


 マスターはニコッと笑って言った。


 なんて頼もしい言葉だろう。 


「ありがとうございます!」


 俺も笑顔で答え、部屋を後にした。


     ◇


「エステルー、三日後だってどうする?」


「どうするって、殺虫剤でプシューっとやっちゃいましょうよ!」


「あのなぁ、殺虫剤一缶振りまいて五十匹倒せるとするじゃん? 十万匹倒すのに何缶要ると思う?」


「えぇ? うーん……、たくさん……」


 エステルはパンクしてしまった。


「二千缶だよ」


 俺は肩をすくめて言った。


「に、二千!?」


 目をパチクリするエステル。


 数は暴力だ。一万匹くらいなら気合で何とかできるかもしれないが、十万匹は想像を絶する。単に殺虫剤振りまくだけでは解決しないだろう。


 先輩は俺にどうしろって言うんだろうな……。


「うぅーん……」


 俺は腕を組んでうなる。しかし、そう簡単に解決策など見つからない。


「仕方ない、作戦会議でもするか。エステルの部屋は使える?」


 俺が聞くと、


「ダ、ダ、ダメです!」


 真っ赤になって首をブンブンと振るエステル。


「いいじゃないか、いつも俺の部屋ばっかりズルいぞ!」


「レ、レディの部屋は秘密がいっぱいなんです!」


 どうも本気でダメらしい。しかし、その辺に鏡を置いて日本に戻るわけにもいかない。拠点が必要だ。


 すると、目の前に宿屋の木製の看板が見える。


「あー、じゃ、ここに部屋でも借りるか?」


「宿屋ですか……、いいですよ?」


 エステルは看板を見ながら答えた。


 俺はドアを開け、カウンターのおばさんに声をかける。


「すみませーん、一部屋借りたいんですが……」


 おばさんは俺とエステルをチラッと見ると、


「休憩かしら?」


 と、言った。一瞬戸惑ったが、ラブホテル的な使い方を聞かれたという事に気が付いた。


「ち、違います!」


 あわてて答える。


「あ、お泊りね。何泊かしら?」


「三泊だといくらですか?」


「銀貨三枚ね。食事つきだと四枚よ」


「うーん、じゃ、食事付きで三泊お願いします」


「分かったわ、じゃ、ついてきて」


 おばさんはニコッと笑うと階段を上り始めた。


 ついていくと二階の奥の部屋に案内される。中を見ると、ダブルベッドにテーブルが一つある素朴な部屋だった。さすがにダブルはマズいので、


「ツインの部屋はないですか?」


 と、聞いてみる。


「ごめんなさい、今だとダブルしかないわ」


 おばさんは申し訳なさそうに答える。


 するとエステルは、ダブルベッドにいきなりダイブして、


「うわぁ、フカフカですぅ!」


 と言いながら、うれしそうに笑った。


 俺は一瞬どうしようかと思ったが、よく考えたら俺は自分のベッドで寝ればいいだけだった。


「分かりました。ではここでお願いします」


 おばさんはニコッと笑うと、


「では、おくつろぎください。あっ、あまり大きな声出さないでね。防音はそんなに良くないから……」


 と、ちょっと言いにくそうにして出ていった。


「大きな声? 誰が出すですか?」


 エステルは不思議そうに俺に聞く。


「エステルが出すと思われているんだよ……」


 俺はちょっと赤面して答えた。


「え? なんで私が?」


「何でもいいの! じゃ、俺は自分の部屋行ってる。エステルは一回自宅帰った方がいい?」


 説明するのも恥ずかしいので俺は話題を変えた。


「それじゃ、一回帰って、またソータ様のお部屋に行くです!」


 エステルはうれしそうにニコッと笑った。

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