2-8. レストインピース
しばらく行くと、灯かりのともる部屋が見えてきて、
「ギャッギャッギャ!」「ギュキャァ!」
というゴブリンたちの歓喜の声が聞こえる。
俺は殺虫剤を準備すると部屋をのぞいた。
そこには二人の女の子たちが服を破られ、綺麗な肌をさらしながらゴブリンたちに囲まれ、組み敷かれていた。
その痛ましい姿に激しい怒りを感じた俺は、
「お前ら離れろ!」
そう叫びながら、殺虫剤を噴霧しつつ飛び込んだ。
一瞬こちらを見たゴブリンたちは、
「ギュァァ!」「グキュゥ!」
と、口々に断末魔の悲鳴を上げながら溶け落ちて行った。
残ったのは力なく横たわる二人の女の子。それぞれ豊満な乳房が汚され、美しかった顔も涙でぐちゃぐちゃになり、赤く腫れあがっていた。
一体なぜこんな事になってしまったのか……。俺が言葉を失っていると、エステルはテッテッテと駆け寄って治癒魔法を唱え、彼女たちを治していった。
ふと、入り口の脇を見ると、男がズタズタにあちこち引き裂かれて転がっていた。床にはおびただしい量の血が溜まっている。
「えぇっ!?」
俺は全身の血の気が引いた。装備を見るに、盾役の男ではないだろうか?
今朝見た時は生意気に笑っていたあの男が、こんな原形をとどめないまでの肉塊にされるなんて……。俺はブワッと冷や汗が噴き出し、思わず目をぎゅっとつぶった。
そうなのだ、ダンジョンに潜るという事はこういう事なのだ。いつ殺されてもおかしくない危険な所……。
そうだ、そうだったよ……。
ムワッと漂ってくるすえた死臭……。俺は吐き気に襲われ、腰をかがめながらヨロヨロとその場を離れた。頭では分かっていても、こうやって失敗した者の末路を目の当たりにすると動揺が止まらない。明日、俺がこうなってるかもしれないのだ。改めて俺は現実の厳しさに打ちのめされた。
エステルは変わり果てた男の姿を見つけると、無言で手を合わせしばし祈っていた。そして、
「レストインピース!」
そう叫ぶと死体は淡い光に包まれた。
俺も手を合わせ、冥福を祈る。
やがて光の粒が死体から蛍のようにどんどんと飛び去って行き、最後には装備品だけが残った。
俺は認識票を拾う。陶器でできた認識票には名前と番号が彫られていた。彼の命は失われ、認識票は遺品へと変わってしまった。
俺は生意気だった若者を思い出し、目をつぶって大きく息をついた。
◇
俺は鏡を出すと、涙の止まらない二人を部屋に連れて行った。そして、エステルに身体を拭いてもらい、ベッドに寝かせる。
しばらく、俺の部屋には二人の
落ち着くのを待って、俺は二人に紅茶を入れ、飲んでもらった。
ぽつぽつと話し始めた彼女たちの話を総合すると、あの部屋はモンスターハウスで、リーダーの剣士の男が宝欲しさに無理して開けてしまったそうだ。最初は盾役も頑張って上手くいっていたのだが、いかんせん敵の数が多く、盾役が押し倒されてしまった。それを見た剣士は一目散に逃げてしまい、一気に崩壊してしまったとのことだ。僧侶がホーリーシールドを出していたので、剣士が頑張ればまだ目があったのだが、男は無責任にも走り去ってしまったらしい。
そして、女の子たちは朝の無礼なふるまいを口々に詫びた。
「ドジなのは本当ですから、仕方ないですぅ」
エステルは優しく答える。
俺は彼女たちに拾った認識票を渡し、彼のためにしばらくみんなで黙とうをささげた。
彼は田舎から出てきた若者で、身よりは街には居ないので、拾った手甲と剣は遺品として、また、宝箱にあった金貨三枚は遺産として田舎の家族に届けてあげることにした。
それにしても剣士はどこに行ってしまったのか? 十九階から一人で帰れるのだろうか?
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