1-18. 美少女のヒモ
一階に戻り、魔石を換金したら全部で金貨十五枚ちょっととなった。百万円近い利益だ。なんかもう就活なんて馬鹿らしくなってきた。
そしてCランクの認識票とギルドカードを受け取る。認識票は赤茶色の銅の板のネックレスで、一目でCランクと分かるようになっているらしい。ちなみにBランクだと銀でAランクだと金だそうだ。なお、エステルは駆け出しのFランクなので陶器。ちょっと安っぽい。
Cランクに到達できるのは二十人に一人くらいで、なおかつ多くが中年のベテランなので、俺みたいに若くてCランクなのは超エリートなんだそうだ。悪い気はしないが……、ただ殺虫剤まいているだけなのでちょっと気が引ける。
◇
ギルドを後にする頃にはすでに真っ暗になっていた。
「時間かかっちゃったね、ごめんね」
俺はエステルに謝る。
「そんなの全然大丈夫ですぅ。それより、お腹すいてないです?」
エステルは俺を覗き込むように見つめ、ニッコリと笑う。
「あー、お金儲かったし、パーッと行くか!」
俺はニヤッと笑って言うと、エステルは、
「やったぁ!」
と、言ってピョンと飛んだ。
◇
エステルのおすすめのレストランに入ると、おばちゃんが声をかけてくる。
「あら、エステルちゃん! いい男連れてデートかしら?」
「デ、デート!? ち、違いますよぉ、パーティ結成記念なんです!」
真っ赤になって答えるエステル。
「ふぅん……、じゃあそこのテーブル使って」
俺たちは窓際の、花が一輪飾られた席に座った。
「ここは肉料理が美味しいんですよ!」
エステルがうれしそうに言う。
「好きなの頼んでどうぞ」
俺は微笑みながら返す。そう言えばまともな食事は久しぶりかもしれない。期待が高まる。
結局、俺はエール、エステルはリンゴ酒、それからエステルがお勧めの料理をいくつか頼んだ。
すぐにやってくる木製のジョッキ。
「それでは、無事の帰還を祝って!」
「カンパーイ!」「かんぱーい!」
俺たちはジョッキをゴツっとぶつけてお互いの健闘を祝った。
ゴクゴクっとエールを飲むと、ホップの香りが鼻腔をくすぐって爽快だ。
「カーッ! 美味い!」
「美味しいですぅ」
ニコニコするエステル。
「はい、おまたせ~!」
しばらくすると、おばちゃんが大きな皿をドンとテーブルに置いた。
皿には大きな骨付き肉がどっさりと入っている。
「うわっ! なにこれ!?」
俺が驚いていると、エステルはいきなり手づかみで
「美味しいですぅ~」
と、うっとりと幸せそうな顔をする。
「どれどれ……」
俺も真似して
さらに少し濃くなった口にエールを流し込むと……最高! まるで天国だ。
俺もエステルも無言でひたすら貪り食った。これは東京でお店やってもウケるに違いない。異世界恐るべしである。
「お肉以外も食べてね~!」
そう言って、おばちゃんが野菜の煮込みと豆を潰した練り物の皿を並べた。
野菜はボルシチっぽく、豆は中東のフムスに似ていて両方ともメチャクチャ美味い。このお店、凄すぎる。毎晩通いたいくらいだ。
あっという間にエールが空いたので、
「おかわりお願いしまーす!」
と、おばちゃんに頼むと、エステルも
「私も~!」
と言ってジョッキを掲げる。
「あれ? エステルってお酒飲んでいい歳なんだっけ?」
今さらながら不安になってきた。
「こう見えても、もう大人なんです!」
「え? いくつ?」
「レ、レディーに歳聞いちゃダメなんです!」
そう言ってプイっと向こうを向いた。
「ごめんごめん。でも、飲み過ぎないでよ」
「大人なので大丈夫です!」
胸を張るエステル。
大人……、ねぇ……。俺は嫌な予感がよぎる。
◇
「そう言えば『シューカツ』は大丈夫ですか? お祈りしてるですか?」
肉をかじりながらエステルが聞いてくる。
「就活ね、今はやってる暇がないな。ここでの暮らしに目途が付かなきゃまた始めないと……」
「シューカツすると何が良いですか?」
「いい会社に入れるんだよ」
「いい会社? 毎日金貨もらえるですか?」
「いや、そんなにもらえない……」
「楽しいんですか?」
「いや、楽しいわけではないんじゃないかな? 四十年間毎日お仕事に通い続けるだけだから……」
俺は自分で言ってて暗い気持ちになって沈んだ。
「四十年!? 楽しくないことやったらダメです!」
エステルはあきれて怒る。
「いや、お金稼がないと……。衣食住にはお金かかるでしょ?」
「そのくらい、私が何とかするです! シューカツしなくても大丈夫です!」
エステルはニッコリと笑う。
「え?」
俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。それって……、ヒモってことじゃないの?
「いやいやいや、そんな、エステルに頼れないよ」
「ソータ様は私の恩人です。遠慮しなくて大丈夫です!」
エステルはそう言って胸をポンと叩いた。
俺は困惑した。
可愛い女の子に養ってもらいながら、異世界でのんびり暮らすなんて……、ん?
それって最高なのでは?
いやいやいや、ちょっと待って。俺は日本でいい会社入って、毎日朝から晩まで働いて、可愛い嫁さんもらうんだ……って、そんな実現怪しい道より目の前のヒモ?
俺は頭を抱えた。
可愛い少女のヒモ……、なんて魅力的なんだ……。
「嫌です?」
「い、嫌じゃないよ! 嫌じゃない! ただ……」
俺はここで思い直す。やはり自分の人生は自分の足で自立しなきゃダメだ。やりがいをもって稼ぐこと、これが人生には大切なのだ。
「大丈夫、ありがとう。俺はちゃんと自分で稼ぐから」
俺はそう言ってニッコリと笑った。
「そうです? いつでも頼ってくださいね」
エステルはちょっと寂しそうに言う。
俺は自分のことを一生懸命考えてくれる少女の言葉に、胸が熱くなる思いがした。こんなに俺の事を考えてくれる人に会ったのは初めてかもしれない。俺はちょっと目頭を押さえ、この素敵な出会いに感謝をした。
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