1-19. 大人の誘惑
「ここ……、いいかしら?」
いきなり声をかけられ、驚いて振り返ると、クラウディアだった。
着替えてワンピースになり、お化粧もバッチリ決めたクラウディアは、まるで別人のように美しかった。
「ど、どうぞ……」
俺はその美貌に圧倒されながら席を引いた。
「エールお願いしまーす!」
クラウディアはおばちゃんに向けて叫ぶ。
「ど、どうしたんですか?」
女の子の方から接近された経験などない俺はドギマギしながら聞く。
「前を通りがかったら見かけたので……。さっきはありがとう。助かったわ」
クラウディアはニッコリと笑う。
「いや、こちらこそ魔石をありがとう」
俺は照れながら頑張って返事をした。
ジョッキが来たので乾杯である。
「では、お疲れ様! カンパーイ!」
「カンパーイ!」「かんぱーい」
クラウディアは俺をジッと見つめる。美人に見つめられるとエールの味が良く分からない。俺はゴクゴクとエールを飲んだ。
クラウディアはエステルを鋭い目でチラッと見る。
「お、おトイレ、行ってきます……」
エステルがちょっとビビったように席を立つ。
「それで……、さっきの話、考えてくれた?」
エステルの後姿を確認した後、クラウディアは単刀直入に切り込んでくる。
「あ、ありがたいお話ですが、もう僧侶はエステルがいるので……」
俺は気圧されながら答える。
クラウディアは俺の手を取り、自分のふとももの上に乗せ、手を重ねた。
「私はあの
上目づかいに俺を見るクラウディア。
エステルとは違う、大人の魅力を漂わせるクラウディアに気圧される俺。
「お、俺と組んで何をやりたいんだい?」
「ダンジョンの百階。ボス部屋の奥にあるはずの、まだ誰も行った事のない伝説の宝物庫……。私、行き方知ってるのよ。あなたと私なら行けるわ」
なるほど、それは面白そうだ。
「取り分は七対三、私は三でいいわ。どう?」
クラウディアは俺の目をのぞきこむ。
「うーん……」
確かに魅力的な話だ。だが……、何かが引っかかる。
俺はエールを一気にグッと飲む。
「悩む事なんかないじゃない! あの
必死にアピールするクラウディア。
そこにエステルが寂しそうな顔をして、うつむきながら帰ってきた。
俺は大きく息をつくと言った。
「魅力的なお話だけど、お断りします」
「なんで!?」
クラウディアはいきり立つ。
「エステルは『世界を護って』って俺に言うんだよ。命かけるならお宝じゃない、世界平和だ」
「当然、私だって魔物の襲来時には手伝うわよ!」
「それはそうなんだけど、百階攻略で死んじゃう可能性もそこそこあるだろ?」
クラウディアは俺をにらむ。
俺は視線に耐え難くなり、エールを一気に空けた。
「あぁ、そう。分かったわ!」
クラウディアはバッグから銅貨を何枚か取り出し、パンとテーブルに叩きつけると、
「きっと後悔するわよ!」
そう言って立ち上がり、足早に店を出て行った。
やっちゃったかなぁ……。俺は美しい後姿を揺らしながら出ていく彼女をボーっと見ながら、すでにちょっと後悔をした。
「ソータ様ぁ……」
エステルはウルウルしながら俺の手を取った。
俺はエステルの頭をポンポンと叩く。
「すみませーん! エールおかわり!」
おばちゃんに叫んだ。
◇
腹いっぱい飲み食いして、店を出る。
エステルは気持ちよさそうにふらふらしながら、
「お月様がきれいですぅ」
と言って、両手を月に伸ばした。
正直言えば、クラウディアと一緒にお宝狙った方が正解なんだろう。まだ誰も到達したことのないお宝の部屋……きっと何億円じゃ済まない金の臭いがする。
でも、エステルとクラウディア、どっちと冒険したいかと言えばエステルだ。クラウディアの方がナイスバディだし、優秀なのも間違いない。でも……、利益でつながる人間関係はぜい弱。損得勘定が合わなくなった瞬間裏切られるリスクが常に付きまとう。
その点、エステルは損得で動いていないから絶対裏切らないだろう。
しかし……。あのナイスバディと仲良く……なりたかったな。
俺の煩悩が後悔を誘っていた。
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