3、『契約』を司る神

『努力は必ず報われるとは限りません。努力は簡単に裏切ります。必要なのは才能ですよ』

スペルドの自説を聞いて、なんの文句も言えなかった。


本当に、本当に、ほんとうにその通りであると自分が認めたから。

常に努力から裏切られ続けてきたから。

所詮努力なんて、才能には勝てるわけないのだから。

ムカつくけど、やっぱり学年の成績1位の言葉の重みは全然違うものだった。

現に俺の努力は否定され、スペルドの才能は今や教師をはじめ同学年に後輩とみんなが囃し立てるのだ。

誰も俺の言葉に耳を傾けない。

なら、やはり間違っているのは俺の方だ。


ミサに格好良いところを見せようと必死に努力した。

ミサより多く素振りして、ミサより長い時間魔法に向き合い、ミサより長く筋トレをした。

だが、どうやっても成長しないのだ。

俺の努力は積み重ならないのだ。

経験値が消えて、──消失する。

俺にとって、経験値はたまっていかない。

まるで、カンストしたかのように代わり映えがない。


残酷な現実から目を反らし、必死に努力をするもなにも成長しない技術。

それどころか、剣を握って1週間の子供にすら勝てないくらい俺は弱い。

本当にはじめて剣を握った5年前から一向に成長の兆しがない。

スペルドやミサが少ない努力で結果を出している現実は、惨めでしかなかった。

いや、本当にもう能力がカンストしているのかもしれない。


「あー!…………悔しいなぁ。みんなばっかり先に進んでさ……」


常に俺の手首足首に見えない鎖が縛られている。

その鎖が成長させるものかと俺をひき止めるのだ。


「ミサ……。俺のぶんも頑張ってくれよ……。俺は……もう疲れたよ……」


自分が毎日修行している野原にゴロンと寝っ転がる。

空を見上げながら、近い将来に自分を重ねてみる。


漆黒学園には入学出来ないなら、学校卒業後は就職かぁ……。

どこかの畑や田んぼ、また店なんかで俺を雇ってくれる場所はないかな。

剣士もダメ、魔法使いもダメ、拳闘士もダメ。

この3つの才能のどれかが開花しないと、これから先は戦士になどなれるはずもない。


「強くなりたかったなぁ……。ミサを護れるくらいには……。守られるんじゃなくて、護りたかった……」


幼馴染で、ずっと一緒だったミサ。

彼女の顔を浮かべると、ひとりで勝手に涙が零れそうになる。


「っ……!?」


歯を食い縛り、拳を作る。

握る拳が強すぎて、血が溢れそうな傷みに支配された時であった。






──にゃは!それほど力を望むなら、力を返してやろう──





「……え?」


遠くから脳に響くような声が聞こえて、身体をガバッと起き上がらせる。

いったいなんだ?と辺りを見渡してもなにもない。

野原に生える雑草が風に揺られるだけだ。


「力を返す?わけわかんね…………んっ!?」


脳に届いた声を口にした時、いきなり強い風が吹く。

目も開けることが出来ず、「うっ……」とのけ反る。

30秒もすると強い風も消えて、ピタリと風が止んだ。


「もしかしたら天気悪いのかな」と1人で呟きながら、撤収しようと立ち上がった時。

足元に、何か四角いものが刺さっていた。

先ほどまでなかった変化に、風が強すぎて何か飛んできてしまったのだと納得しながらも何が刺さったのか興味が湧かないわけがない。

手紙、名刺、封筒と色々な可能性が頭に巡りながらも手に取ってしまった。


その四角いものを拾った瞬間、ドクンと強い鼓動が鳴った。

なぜか腕の血の巡りが早くなり、使い道がない魔力が一気にブーストされていく感覚に陥る。

どこか、自分の中で止められていた蛇口がおもいっきり捻られたように力が湧きはじめた。


「これは……」


拾った四角いものを手にして、じろじろと凝視する。

手紙や名刺などと勘違いしていたが、これはそんなものじゃない。

カード、である。

そのカードがどこか懐かしくもある。

いつか、遠い昔に見た気すらしてくる。


「…………『ラストコンタクト』?」


そして、その単語を聞いたことすらないのにスッとカードの名前が口に出る。

記憶もなく、感覚もなく、感触もない。

ただ、この手が覚えていた。




──にゃは!にゃはにゃはにゃは!──



そして、カードを持つ俺を空中で見下ろすような形で小さい女の子が立っていた。


「君はいったい……?て、天使?」

──にゃは!神は天の使いにならず。我は神──

「神……?」

──とうっ!──


空中からジャンプして、俺の目の前に立つ。

そもそも空中にいたのにジャンプをするという表現は間違っている気がするが、本当にそうとしか表せないのだ。


──にゃは!我は『契約』を司る神。そして、我はお前を待っていた──

「『契約』を司る神……?」

──にゃはは!スケールが大きい存在のようでたまげておるな!善き善き。驚かせた甲斐があるのじゃ。神など、そう簡単には姿を表すものではないぞ──

「ちょっと何言ってるかわかんない」

──なんでわかんないんだよ!我、神!お前、人間!──

「へぇ」

──軽いな…………──


『契約』を司る神を名乗る女の子は明らかに異端な存在だ。

身長はかなり低い、125センチほどだろうか?

やや黒い褐色肌をしていて、乳白色の髪を腰程度まで長めに伸ばしていて、エメラルドのように透き通った瞳をしている。

フリフリとした黒っぽい服に身を包み、摩訶不思議な服装をしている。

少なくともこんな可愛らしい服は見たことがない。


──にゃは!服装に興味がありそうじゃな──

「っ!?」

──にゃは!にゃは!視線で丸わかりじゃ。この世界ではないどこかの地では『ゴスロリ』という名の民族衣裳だ──


神を名乗る女の子が──ほれほーれ──と言いながらスカートをヒラヒラさせる。

確かにゴスロリ?とかいう服装は可愛らしい。

……のだが、どこか名前を聞くだけで恥ずかしい気がしてくる。

特に『ゴスロリ』の『ロリ』の部分が特にイケナイ響きがする。


──まぁ、良い。そんな話を置いておき、お前は今夢を捨てるところにいるようだなチアキ・グリエットよ──

「なっ!?ど、どうして俺の名を!?」

──にゃは!お前が前世で死ぬ瞬間から目を付けていたからな。お前は前世でこの『ラストコンタクト』のカードゲームに魅せられし人間なのだ──

「カードゲームに魅せられし人間……」


確かに、このカードを触った瞬間に何かシンパシーのようなものが拡散していった気分になる。

知らないのに、知っているという矛盾がせめぎ合っているのは不思議な感覚だ。


──にゃははは!我の話、聞きたくなったじゃろ?──

「く……詳しく話を聞かせてくれないか契約さん」

──誰が契約さんじゃ!『契約』を司る神だと言ったではないか!──

「あ、はい」


神様に叱られながらも、心臓はバクンバクンと鼓動を鳴らしている。

すべてバラバラだったものが、1つに繋がる。

そんな予感が肌をチクチクと刺していた。

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