2、落ちこぼれのひよっこ野郎

剣もだめ、魔法もだめ、筋肉もだめ。

どの能力も一般平均以下の俺には才能という才能が欠けていた。

世間ではそれを落ちこぼれと呼ぶ。


魔法を扱うための魔力だけは高いのだが、魔法を扱えないのならばただの宝の持ち腐れ。


チアキ・グリエット。

学園内で『落ちこぼれのひよっこ野郎』といえば、俺を指すくらいに酷いものだ。



「おい、チアキ。お前みたいな落ちこぼれのひよっこ野郎が天才たちが集まる『漆黒学園』に入学出来るわけないじゃないか」

「そうだそうだ!Eランク戦士のクソザコが受験するってだけでこの学校の格を下げているんだよ!」

「落ちるってわかっていて受験を受ける勇気すげぇな!俺にもその勇気、わけてくださいよぉチアキくぅぅぅん」

「…………うるさいな」


俺は同じ『一心学校』に在籍しているエリート剣士のスペリド・ワイズメルとその取り巻き2人に絡まれていた。

同じ学校の生徒会長を務めていたほどであり、成績は堂々の1位という落ちこぼれとは天と地の差があるほどの男だった。

濃くて太い眉が特徴であり、教師や在校生などからも慕われた優秀な生徒。

だが、俺を含めた落ちこぼれ組だけが知っている裏の顔。

劣等生な奴を下に見下し、煽り、虐めなどを繰り返す悪癖がある。

それについては、教師も見て見ぬをするほどに彼は強い者へ媚び入るのが上手いのだ。


「これはなチアキ。引退した同い年の生徒会長がお前のためを思って言っているんだよ。漆黒学園はな、平均Bランク戦士が在籍しているんだ。俺のようなAランクですら落ちる可能性すら秘めているんだ。なぁ?必要とされる条件すら満たせない君が入れるわけない。時間の無駄なんだよ。大人しく戦士を引退するべきだよ」

「…………」


そんなの自分が1番わかっている……。

高望みの夢だってわからないわけがない。

でも、俺はそれでも……。



『待ちなさいよっ!』



スペリドの正論に言い返せないでいると、俺の後ろから凛として透き通ったような声がする。

それはよく聞いた声であり、すぐに誰なのかわかった。

彼女は伸ばした髪を揺らしながら俺の前へ盾のように前へ出た。


「スペリド君!言い過ぎよ!どの生徒にもどの学園を受験する資格があるのよっ!その生徒の決断に異議を申し立てる資格なんか誰にもないのよ!」

「これはこれはミサ君ではありませんか。いつもいつもチアキを庇うことばっかりで大変ですね。成績2位である優秀な君の足手まといなんか切り捨てれば良いものを」

「足手まといなんかじゃない!チアキは凄い努力家なの!落ちこぼれなわけがない!」

「努力は必ず報われるとは限りません。努力は簡単に裏切ります。必要なのは才能ですよ」


前髪を弄りながら挑発するようにスペリドはミサに説く。

彼女を巻き込みたくなかったのに、また巻き込んでしまった……。


「君はもっとお利口で足手まといを切り捨てられればもしかしたら僕よりも優秀な生徒になれたかもしれないのに。嘆かわしいですよ」

「おい、スペリド!ミサを……、ミサを侮辱するな!」


俺の侮辱ならいくらでも聞いてやる。

ただ、ミサを巻き込む


「まだ僕が話しているんだから、割り込むなっ!」

「がっ……!?」


彼の右拳が、俺の左頬に強く殴りかかってくる。

その強さに地面へ尻餅を付く。

取り巻き2人は「だっせぇ」とゲラゲラ嘲笑っている。


「チアキっ!?大丈夫!?」

「ふんっ。弱い犬はよく吠える。弱いなら弱いで雑草に徹すれば良いものを……。行きますよ」

「1発で済んでよかったな」


殴ってスッキリしたのか、ミサの乱入に興が削がれたのか。

手をパンパンと叩きながら満足そうにしてスペリドは俺とミサの元から消えていく。

残ったのは、気まずい雰囲気になっていた俺とミサだけである。


「だ、大丈夫チアキ?ほら、立てる?」


お米のように白い手を差し伸ばしてくる女の子の手が顔スレスレにあった。

その手に伸ばそうとして思い留まる。


『君はもっとお利口で足手まといを切り捨てられればもしかしたら僕よりも優秀な生徒になれたかもしれないのに』


スペリドの声が脳内で再生されて、その手を取れなかった。


「大丈夫だよ……。これくらい……」

「チアキ……」


自分で地面に手を付きながら立ち上がっていく。

殴られた左頬が痛くて、左手で抑えつけて、揉んだりしながら痛みを紛らわしていく。


「じゅ、受験は休み明けだね!合格してスペリド君なんか見返してやろう、チアキ!」

「…………」

「チアキ……?」

「ごめんなミサ……。多分、俺には合格なんて無理だよ……」

「え?」

「ずっとミサと一緒に漆黒学園に入るのを目指して頑張ってきたけど……。もう辛い……。夢を追いかけるだけでこんなに辛い思いをするなんて思わなかったよ……」


ずっとずっと一緒に学校生活を送ってきたミサ。

腰まで伸びている金髪が常に輝いている。

身体も俺より低いのに、剣術も魔法も体術にも秀でたいわゆる天才。

幼い顔付きをしていて、パッチリとした目付き。

口元の下には小さい黒子のある可愛い容姿な彼女に、俺は目を合わせられない。


「俺はこのまま漆黒学園の受験に失敗するだろう……。でも、ミサは違う。才能に溢れているんだ。だから強い戦士になるんだよ」

「だ、大丈夫だよ!一緒に練習しよう!死ぬ気で練習すればチアキも──」

「これまでだって死ぬ気で練習してダメだったのに、数日で何か変わるわけないじゃないか……」


一緒にミサと剣を打ち合ってわかった。

手加減されて剣の追撃が少ないこと。


一緒にミサと魔法を出し合ってわかった。

まったく魔法を使えない俺の前では絶対に失敗するように魔法を出していたこと。


一緒にミサと丸腰で向き合ってわかった。

握る強さを7割程度に抑えていること。


気付いたことを気付かない振りをする度に心が割れるように痛かった。


「ミサは絶対に受験を合格出来るように修行を積むんだ。俺は、俺に出来ることをするよ……」

「チアキ……」

「さようなら……。漆黒学園の受験で会おう」


スペリドが消えた場所とは真逆の方向へ振り返り、歩みを進める。

ミサが大物になるなんてずっとわかっていた。

ずっと憧れた存在だから、ミサと一緒にいたかった。

でも、もう時間がない。

俺とミサの進路が別つ日はもうすぐそこだった。

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