59話 戸塚みい⑫

「会えるの!?」


 路はぐい、と身体を寄せて声をあげた。今日で一番大きい声だったかもしれない。

 とりあえず肩を押して距離をとらせる。


「探すよ。絶対に見つけられるとは言えないけど、あんたがやるよりは可能性があると思う」

「……わたしだって探したけど、方法がなくて」


 悔しそうにうめく路に、そうだろうなと頷く。

 玲の現在地はインターネットで検索したところで出てこない。出てくるのは玲が魔法少女だと疑われた時に作られた記事ばかりで、引っ越してからの足取りまで追っている人間はいない。

 仮に目撃情報があったとしても、小学生の小遣いでは県をまたぐ移動費すら出せないだろう。

 だが、魔法少女のみいはそうした縛りを無視することができる。あまり遠いとさすがに時間はかかるが、路よりは相当自由に移動できる。

 問題は本当に玲を見つけ出せるかだ。こればっかりはやってみないと何ともいえない。正直にいえば可能性は低いと思うが、やる気はあった。


「魔法でなんでもできるわけじゃないけど、やりようはあるからさ」

「本当に見つけられる?」


 絶対ではないと言ったばかりなのに、そんなことを念押ししてくる。

 だから、と言いたいのをこらえる。路は期待してしまっている。玲はいなくなり、探しようもなく本人だって半ばあきらめていたはずだ。

 みいが探すと言ったから、希望が生まれてしまった。勢い任せに口にしたとはいえ、今更撤回はできないなと内心で苦笑する。


「見つける」

「……絶対だよ」


 なおも言ってくる路にはいはい、と手を振る。


「代わりに私が魔法少女ってことは内緒にしてね」

「言わないよ」

「いいから。そういうことにしときな」


 路はいまいちわからないとばかりに不思議そうにしていたが、とりあえずといったふうに頷いた。

 柄にもなくテンションが上がっている。あまり認めたくないが路とこうして話をしたからだ。魔法少女だとバレ、誰にも話していなかったことを色々と話した。


(人探しっていうのも、楽しそうだしね)


 内心でうそぶいて、路に笑いかける。

 それを保証と受け取ったのか、路は安心したように微笑んだ。


☆☆☆


「さて……」


 玄関のカギをかけると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 今日はそれなりに色々なことがあった日だ。路との話し合いもそうだが、そもそも怪物とだって一戦交えている。

 せっかくの休みに父と楽しくすごすはずだったのに、予定が大きくずれてしまった。


「どうすっか」


 ぽつりと口の中でつぶやく。

 玲を探すとは言ったが、考えることは山積みだ。やみくもに探したところで見つかるわけはないし、計画を立てなければいけない。

 それに、絶対に必要なものがある。


(願いの力……)


 これを人探しにどう使えばいいのかというアイデアはまだないが、使わずして玲を見つけることはきっとできないだろう。

 そうなると、もう一つの問題に戻ってくる。

 願いの力を手に入れるには怪物を斃さなければいけない。つまりは、魔法少女として戦わなくてはいけない。

 今日も戦ってきた身としては割といまさらな問題ではあったが、こうなるとはっきりさせないといけない。

 最近はほとんどヤケクソに戦っていたがそれを続けていくと決めなくてはいけない。リスクは当然増えるが、慎重にやっていけば……

 そこまで考えて舌打ちが漏れた。慎重も何もなく路に正体がバレたばかりだ。今後は絶対にこんなことがないようにしなければいけない。

 他の活動を増やすと、父というか家に使える時間も減っていくことになる。それを思うと憂鬱な気持にもなる。

 やらない言い訳がいくらでも出てくる自分に苦笑する。さっきまでのやる気はどこにいったのか、すでに落ち着いてきているような気さえする。

 とはいえ、やらないという選択肢だけはない。


「じゃないと、バラされるもんね」


 適当に笑って、踵を返す。

 父親が困ったように頬をかいて立っていた。


「お、父さん!?」

「お、おう……」


 びっくりして大声を出してしまったみいに驚いてやや引きながら父が片手をあげる。

 玄関で向かい合う形になって、なんとなく後ずさる。


「えと、どうしたの……?」

「どうしたのっていうか……その、大丈夫なのか?」

「大丈夫って、なにが?」

「あ、うん。なんか揉めてなかったか?」

「え」


 とだけうめいて、冷や汗を自覚する。

 路との話では(主に路が)大声を出していた。内容はともかく聞こえてないわけはないとは思っていたが。

 内容さえ聞こえていなければなんとかなる、その思いで訊ねる。


「話、聞こえてた?」

「いや、なんか声は聞こえるから盛り上がってるのかなって思ったんだけど……どうも違う感じだったからな」

「うん、まあ……大丈夫だよ、マジで」

「喧嘩だったら止めなきゃなと思ってたけど、大丈夫なら良いんだ」


 ほっとした様子の父がどこまで信じたのかわからないが、とりあえず誤魔化せたと信じる。

 父はポケットから車の鍵を取り出して、みいに見せるようにして笑った。


「もういい時間だし、ラーメンでも食べに行くか?」

「うん!」


 父の誘いに自然とこぼれた笑顔で頷く。

 助手席に乗り込み、父にラーメン屋のリクエストをする。少し遠いところだが、父は二つ返事で了承してくれた。

 美味しいラーメン屋ではあるが、父とのドライブを長引かせたくての提案だった。ついでにどっかに行きたいといえば行ってくれるだろうが、あまり休日に運転させるのもなというみいなりの妥協点だ。

 車に乗り込み、深く息を吸う。車の匂いが好きだ。父が運転する車の助手席に座るのが好きだ。

 要は父といる時間が好きということだ。娘として、父と一緒にいられるのは特権だ。


(ずるい、か)


 路がそう言うのもまんざらおかしくはないのかもしれない。みいが父を想う気持ちと路が玲を想う気持ちは同一のものではないだろうけど、大切な人だということは変わらない。

 玲を探し出したところですべてが元に戻ることはない。玲がこの町に帰ってくるわけでもないし、せいぜいが通話などができるようになる程度だろう。それでもきっと、路は喜ぶ。会えないと思ってた相手と連絡がつくようになるだけでもありがたいはずだ。みいが路の立場なら、そう思う。

 なにも路のためだけに探そうというわけではない。みい自身も、玲を探したいと決めたのは理由がある。

 車内には静かなポストロックが流れている。みいが好きなアーティストの曲で、ねだってかけてもらって以来父も黙って流すようになった。父も気に入ったのか娘の好きな曲だから流しているのかはわからないが、気に入ってくれていたらいいなと思う。

 曲が終わり、次の曲が流れる隙間に口を開く。


「これから休みの日はちょっと出かけるんだけど……いい?」

「もちろん。俺に気を遣わなくても、みいは好きなようにしていいんだよ」

「……そっか」


 あっさりとした了承に安心したような不満なような心境になってしまう。ダメだなんて言われるわけはないのだが、少し寂しい。


「家事もちょっとやれなくなるかも」

「大丈夫だって。俺だって家事はできるんだから、みいにやってもらってばかりで甘えてたな。ごめん」

「だから、好きでやってんだって」

「わかってるけど、他にやりたいことがあったら優先していいって話だ。さっきの子と遊んだりするんだろう?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……やっておきたいことがあるから」

「へえ、何をするんだ?」

「えっと……」


 玲を探すと馬鹿正直に言ったとしても、父はまともには受け取らないだろう。むしろ余計な心配をかけてしまう気がする。

 言い訳を探していると、父は「わかった」と笑みを含んで頷いた。


「無理に言わなくていいよ。そりゃお父さんに言えないこともあるだろ」

「そ、そうだね」

「何か困ったら言ってくれればいいよ。俺はいつだってみいの味方だからな」


 鷹揚に笑う父に感じたのは、頼もしさではなく不安だった。

 父そのものにではない。『いつだってみいの味方』という言葉に胸がきゅっとした。

 魔法少女として戦えたのに怪物をスルーしたことだ。あの時は妥当な判断だと思っていたが、路の指摘で余計なことも考えてしまう。

 保身を優先したみいを、父はどう思うだろう。

 もし父に軽蔑されてしまえば、と想像するだけで絶望がこみ上げてくる。それは、父を失うのと同義だ。他の人間ならどうでもいいが、父にだけは嫌われたくない。


(くそ、あいつ余計なこと言いやがって……)


 内心で路に恨み言を吐いて、窓の向こうに視線を向ける。あまりスピードを出さない父の運転はいつもは心地良いが、今は焦燥に似たものが胸をよぎる。

 不安に我慢できなくなって、父に話しかける。


「私さ、ちゃんとやれてるかな」

「ちゃんとって?」

「お父さんの娘として、恥ずかしくないかな」

「どうした? なんかあったのか」


 心配というより不審そうに訊かれて、唇を尖らせる。


「私が全然良い子じゃないって言ったらお父さんはどうする?」

「学校でなにかしたとか、そういう話か?」

「そうじゃないんだけど……私にしかできないことがあって、でもやると私にとって不都合があるかもしれないからやんなかったとか、そんな感じ」


 曖昧な説明だが、これ以上詳しく話すのは難しい。微妙に言いたいこととはズレてしまった気もする。

 父はふむ、と考え込むような間を置いた。


「よくはわからないけど……みいの考えでそうしたことなら仕方ないんじゃないか。不都合の内容がわからないから何とも言えないけど」

「うーん……」

「後悔してるのか?」


 父の問いに片眉が跳ねる。

 後悔してる、というのはしっくりこない。あの時に怪物を見過ごした判断は結果を見ても問題はないと思っている。

 みいが恐れているのはたった一つだけだ。


「それでお父さんが私を嫌いになったら、後悔する」

「ならないよ」


 いっそ呆れたようにうめく父に、顔を向ける。

 運転中の父はちらりとこちらを見ただけだったが、優しいまなざしではあった。


「みいの味方だって言っただろ。みいが何をしたって嫌いにはならない。もしみいが間違ったって思うことをしたってそれは変わらないよ」

「……そっか」


 父の言葉を聞きながら顔を反対に向けた。熱くなる頬を見られたくなかったのだが、窓ガラスの反射で自分が赤くなっているのははっきりわかってしまう。

 聞きたかった言葉をそのまま聞くことができてしまった。ひょっとしたら夢ではないかと勘繰るほどみいにとって都合の良い言葉だ。


「それに、みいは間違ったと思ったら直せるだろ」

「そうかな」

「昔からそうだよ。みいは頑固で一度決めたらなかなか曲げないけど、自分で納得したらあっさりと方向転換ができる。みいのそういうところはすごいと思うし、信用してる」

「そ、そうなんだ」


 顔が熱すぎて下を向くしかなくなった。嬉しすぎることを言われているが、これ以上言われたら死ぬかもしれない。

 父が思ったより自分のことを見ていて、信用してくれてると告げられるだけでこんなに嬉しいものなのだろうか。


「父さんのことなんか気にせずに、みいは好きなようにしていいんだよ。わがままも言っていいんだし、やりたいことをしてくれたらいい。その方がうれしいよ」

「……わかった」

「ごめんな」


 脈絡のない謝罪に内心で首をかしげる。父の様子を伺おうにも、それができる状態ではない。


「環境のせいで不都合なことも多かっただろ。父さんの力不足でみいには苦労をかけてる。良い父親とは言えないってのはわかってるけど……」

「お父さんは一番だよ。私の最高の父親」

「そ、そうか……」


 食い気味に断言すると、父はなぜか少し引き気味に応じた。


「男親は嫌われるものかと思ってたよ。会社でも娘に好かれてる父親なんて珍しい方だぞ」

「だって、私のお父さんはお父さんだから。他の家庭はわかんないけど、お父さんだから好きなんだよ」

「……ああ、ありがとう」


 父の声に少し苦いものが混じったように聞こえて、ようやく父の顔を見れた。特におかしいところのないいつもの表情だったので、気の所為だったかなと座りなおす。

 父を好きで、父に信用されている。これだけで天にも舞い上がれそうだが、どこか引っかかるものも感じる。

 考えてもその正体が掴めなかったので、考えるのを諦めてドライブに意識を向ける。

 これからは父といられる時間も減るのだし、こういう時間は大事にしないといけない。


☆☆☆


 その日の夜、みいは自室でそれを見た。

 父が入浴している間にパソコンをチェックしていた時に発見した。SNSで騒がれている内容を目にして、慌ててテレビのあるリビングに走った。

 テレビを点けると、臨時ニュースとしてそれが流れていた。

 巨大な怪物が、街を破壊している。

 これまでに見たことがないようなスケール感の怪物に、まるで映画でも見ているような錯覚を覚える。


「行かなきゃ」


 口に出してから、そのつぶやきを意識する。

 考えることなく勝手に出てきた言葉だった。無意識が発したものに逆に戸惑って、動こうとした体が止まった。

 ニュース映像のカメラが追うのは怪物だけではなかった。それよりはるかに小さく、高速で動いている何かをとらえようとしている。

 魔法少女だ。一人の魔法少女が巨大穴怪物を相手に戦っていた。よく制御された飛行はなかなかのものに見えるが、時折放たれる攻撃は巨大な怪物にはまるで通じていないようだった。

 巨大な怪物は虫でも払うように手を振り回すが、魔法少女はギリギリで躱している。捕まるのも時間の問題ではないだろうか。


「デュベル」

「なんだ」

「これ……」


 言いかけた時、巨大な怪物の腕が魔法少女をとらえた。吹き飛んだ魔法少女は、一瞬でカメラの視界から消えた。

 絶句して画面を見つめていると、ややあってカメラが小さく乱れた。

 魔法少女がカメラの正面に立っていた。画面越しのせいか認識阻害が働いていて顔は認識できないが、真っすぐにこっちを見ていることはわかった。

 魔法少女は静かに口を開く


『かつて、魔法少女だったみんな――』

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