57話 戸塚みい⑩

「ほんとう、に……?」

「そう言ったでしょ。もう一回変身しようか?」


 うんざりと吐き捨てるみいに、路はわなわなとみいを指さした。


「どうして、黙ってたの……?」

「言えるわけないでしょうが!」


 反射的に怒鳴り声があふれた。路はびくっと後ずさり、つまずいて転んでしりもちをついた。

 助け起こすこともせずに、ただ路を見下ろす。

 みいの消滅の固有魔法は、文字通り対象をこの世から消滅させる。

 やろうと思えば、路を跡形もなく消滅させられるはずだ。

 見つかったというのに、意外なほど動揺はない。むしろ路の方が慌てふためいてるぐらいだ。そのせいで冷静なのかというと、たぶん違う。


「みい? いるのか?」


 かけられた声に、みいの余裕がたちまちに消し飛んだ。

 庭側の窓を開けた父が、怪訝にみいを見て安心したように息を吐いた。


「いたのか……怪物が出たみたいだから心配したぞ」

「うん……ごめん」

「謝らなくていいけど……庭で何してるんだ?」


 訊いてくる父親に、さすがに言い訳が浮かばずに唇を引き結ぶ。

 尻もちをついていた路がゆっくりと立ち上がった。伸び放題の雑草で見えなかった路の姿が、父にも見えるようになった。


(詰んだ、な)


 他人事のように認める。

 みいが魔法少女であると路が言ってしまえば全てが終わる。暴れてやりたい気持ちもあったが、それ以上に気だるさが重くて何もできそうにない。

 路は困ったようにみいを見ている。

 好きにすればいい、という気持ちを込めて見返すのだが、路は言葉を発することもなく立ち尽くしている。


「友達と会ってたんだな……?」


 父の語尾が自信なさそうに薄くなる。父からしても買い物に行ったはずの娘が庭で友達といるのだからよくわからないだろう。

 なんと言えばいいかわからないみいはともかく、路も言葉を失ったままだ。


「とりあえず、部屋に入ったらいいんじゃないか?」


 父の提案に、路と顔を合わせて曖昧に頷いた。


 みいの部屋に入った路は、部屋に鎮座するサンドバッグに面食らったようだった。


「なんでこんなのがあるの?」

「……ストレス解消」

「魔法少女はみんな持ってるの?」

「そんなわけないでしょ」


 言下に否定するのだが、他の魔法少女のことなんて知らない。まあ、部屋にサンドバッグを置いている魔法少女がそんなにいるとも思えないが。

 初めて入ったはずの路は、迷うことなくベッドに腰かけた。勝手に、と軽くイラつくが注意する気力もなく椅子に座って路に向き直った。


「どうするの」

「……なにが?」

「私が魔法少女だって、みんなにバラす?」

「そんなことするわけないよ!」


 路は焦ったように大声をあげて、信じられないという表情で続けた。


「魔法少女だって言われた人がどうなるか知ってるのにそんなことするわけない……!」

「…………」


 みいが恐れたのはまさしくそのことだ。

 玲がどうなったのかを間近で見ていた身としては、同じ目に遭うかもしれないというのは強い恐怖だ。もしそうなってしまえば、玲の時に何もできなかったのと同じく、みい自身にも何もできないだろう。

 そうはいっても、そうなる前にできることはある。

 目撃者である路を口封じすれば、何の心配もなく日常を送れる。さっきためらったことを実行すれば、それでいい。


(……バカか)


 自分の発想に叱咤する。確かに消滅を使えば路を消し去ることはできる。行方不明になっても証拠はどうやっても見つからないし、知らないと突っぱねればどうにでもなるかもしれない。

 だが、庭にいるところを父に見られている以上そんなごまかしも通らない。父にそんな口裏を合わせるようなことをさせたくもない。

 もし、そうでなければ。

 本当に路を消すだろうか。

 路は少し不審そうに目を細めていた。


「どしたの? 言っとくけど、本当に誰かに言うつもりないよ」

「……てかなんであんなとこにいたの?」

「え?」


 えじゃなくて、と言い変える。


「なんでうちに来てたの。しかも庭に」


 ようやく意味を理解したらしい路が、そうだねと話し出した。


「みいと話したくて。連絡はしてみたけど返事なくて、同じタイミングで怪物が出てきてからあれってなったんだ」


 なるほど、と苦い思いで納得する。

 戦闘中にかかってきた着信に出られなかったことが路の疑念を呼び起こしてしまった。出られるわけがなかったとはいえ、バレるときはこんなところからバレてしまうのか。

 少しどうでもよくなっていたが、どうせならと突っ込んでみる。


「なんで、私が魔法少女だって疑ってたの?」

「え?」

「ん?」


 どうしてだかきょとんとする路に、なんだと訊き返す。


「疑ったっていうか、電話出なかったからひょっとしたらって思っただけだけど」

「……前から私のこと疑ってたわけじゃなくて?」

「えー? そうかも、とちらっと思ったことはあったけど、本気で疑ってなんかないよ。今日もただ話したかっただけだし」

「…………」


 疑われてもいないのにバレたというのは認めづらいものがあった。せめて普段から疑っていて連絡に反応がないのが決め手になったとかなら理解できたのに。

 違うな、と内心で自嘲する。

 みいがバレたのは、ただの不注意だ。庭なら大丈夫だと勝手に油断して、デュベルが警告したのも気づかずに路の前で変身を解除した。

 みいが、バカだっただけだ。

 もう少しなんとかできると、なんとかしたいと思っていることがなにもできない。


(なにやってんだ、マジで……)


「それに」

「?」

「みいだって思いたくなかったよ。玲を助けなかった魔法少女がみいだったなんて」


 路の挑むような眼差しに、小さく息を吐く。

 反省は後にしようと、足を組んでまっすぐに路を見返した。

 路はずっと目的を口にしていた。魔法少女を見つめて、言いたいことがあると。

 要は、この恨み言を本人にぶつけたいのだろう。


「私が何もしなかったって言いたいんでしょ」

「……そうだよ」

「前も言ったけど、それはあんたもだからね」

「違うよ」

「なにが違うの」

「だって、みいは魔法少女でしょ!? 魔法が使えるなら……!」


 泣きそうな勢いで路が感情をあらわにする。

 そういうことか、とようやく得心がいった。

 魔法は万能ではない。できることなんて限られてるし、みいにできるのは飛んで矢を放ち消滅を振るうことだけだ。

 けれど魔法少女以外はそんなことを知らない。魔法を万能の力と思っても無理はないのかもしれない。

 魔法を使えても、使えなくても、何も変わらないのに。


「とりあえず声が大きい」

「は?」

「お父さんに聞こえるからやめてって言ってるの」

「……知らないの?」

「私が魔法少女だって知ってるのは、路だけだよ」


 勢いでデュベルを省いてしまったが、まあいいか。黒い蟹なんて余計に説明しづらい。


「魔法はなんでもできるわけじゃないの。玲のことは私だってどうにかしたかったけど、どうにもできなかったんだよ」

「それじゃ納得できない」

「あんたの納得なんて知らないけど。私も玲を助けようと行動はしたよ。玲と一緒に写真写るようにしたりとか、できそうなことはしたけどダメだったんだ」

「じゃあさ、みいはそれで納得してるの?」


 また声が大きくなってる。少しイラっときて、聞き分けのない路を言い聞かせてやろうと言葉を練る。

 が、何も出てこなかった。路に言い返す言葉なんていくらでも出てくるはずなのに、最初の一文字すら浮かんでこない。


「みんな玲のこと諦めて、なかったことにしようとして、ほんとにムカつく。みいもそうでしょ」

「諦めるもなにも……」

「そうじゃなくて、みいだってムカついてるんでしょ?」

「……は?」


 何を言い出すんだと怪訝に眉をしかめる。

 ムカつくもなにも、玲のことはどうしようもなかった。グループの子たちの方がきっとまっとうな判断だった。小学生の女の子は当然のことだし魔法少女にもどうにもならないことを気にし続けてもしょうがない。

 路は知らないかもしれないが、グループの子たちは親から玲に関わらないように言われていたらしい。みいは特に何も言われなかったが、父が心配してるのはわかった。

 父が安心できるように、良い娘であろうとするのはみいの望みだ。ムカつくとすれば何もわからないくせに言いたい放題言ってくる路と。


(…………)


 ぎゅっと目をつむる。再び目を開いても路はいなくならない。

 消滅を使えば路を消すことはできる。けれど、そうしたところできっと何も変わらない。

 心臓がぎゅっと掴まれたような心地悪さに、めまいに似た感覚がする。

 ものすごく、ものすごく嫌々だけど、路の言うことを一部は認めないといけないのかもしれない。


「……確かに、ムカついてるかも。でも、路のとは違うよ」


 言葉に出すことに、ひどい抵抗があった。

 それでも、今なら言ってもいいかと思える。


「グループにだけじゃなくて、何もできなかった私にもムカついてる」

「みい?」

「私たちはただの小学生だよ? あんなことになったらできることなんてなにもない。あんたが頑張ったところで何もできなかったのも当たり前……でも私は魔法少女だった」


 この世界にたった110人だけいる魔法少女。みいはそのうちの一人だ。

 アニメでしか見たことのない魔法少女になって、空を飛んだりできるようになった。


「魔法少女なら何かできるなんて、一番思ってたのは私だよ……!」


 感情が荒れる。暗い衝動が胸の中を満たしていく。

 路に言われるまでもなく、本人であるみいが一番思っていた。

 魔法少女ならなんでもできるって、信じたかった。

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