54話 戸塚みい⑦
家に戻ったみいは、変身を解いてぐっと身体を伸ばした。
変身自体が久しぶりだったが、戦闘に入ると特に違和感なく動くことができた。飛行の精度がやや落ちたような気がしたが、これぐらいならすぐに取り戻せそうだ。
(取り戻す?)
内心の言葉を嘲笑う。いったい何をその気になっているのだろうか。
自分の手をぐっぱっと開閉する。先ほどの戦いの感触がまだ残っているせいで高揚しているのかもしれない。
訓練していた時に試していたことが実戦でうまくいったことを思い出す。トカゲの怪物との戦いで、固有魔法を矢に乗せて放ったのだ。消滅の力を矢に乗せたことで、あの尾に穴を開けて矢だけを突破させることができた。
かなり集中力が要るので実戦で試したことはない。もし失敗していれば斃すのにもっと苦労したに違いないので、うまくいってよかった。
変身を解いたのに浮遊感のようなものがまだ体に残っている。どうにも落ち着きそうになく、自室に向かった。
サンドバッグが見えるとすぐに拳を叩きこむ。そのまま感情のおもむくままにとにかく殴り続けていくと、高揚が少しずつ落ち着いていく。
サンドバッグを叩くのをやめて床に座り込む。上がった息を整えて、よっと立ち上がる。
スマートフォンが震えた。父親か、と慌てて手に取るのだが、みいの顔はたちまちに曇っていく。
「……くそっ」
うめいて、表示されたものを読み進めていく。
クラスのグループ内で使っているメッセージアプリの着信だった。みいはあまり会話には参加しないが、一応目は通している。
今回の会話の始まりには、読んだだけで興奮が伝わるような文章が記されていた。
『魔法少女が出たって!』
まとめると、グループの母親があの現場にいて先ほどの戦いを目撃したらしい。
まさか関係者に目撃されているとは思わなかったが、怪物と戦闘した以上知れ渡るのを防ぐことはできっこない。どの道学校へ行けば話題になっているに違いなかった。
みいのことがバレるわけはないのだが、それでも気分が沈むのは避けられなかった。
あのまま放っておいたとしても怪物は動くことはなかったかもしれない。というより、父親が無事ならばあとはどうだっていい。
自分の短慮さに苛立ちが募っていく。どれだけサンドバッグを殴ったとしても絶対に晴れないような気がした。
スマートフォンがひっきりなしに通知を知らせてくる。グループの会話が活発になっているのだろう。見る気はなかったが、通知を切ってしまおうと再度画面を覗く。
たまたま見えたのは、路の言葉だった。
それを見て、みいはスマートフォンを壁に叩きつけないようにするのに全神経を必要とさせられた。
そこには。
☆☆☆
「魔法少女が出たね」
通学路で顔を合わせた路は、開口一番に興奮気味にそう言ってきた。
無視したい衝動をこらえて、小さく頷くだけにする。
路は興奮のまま言葉を続けた。
「探そうよ」
「…………」
そう、路がグループで言っていたのはこれだった。
魔法少女が現れたのだから探そう。
しかしそれ自体は他の話題にあっという間に流されてしまい、誰も反応しなかった。もちろんみいも何もしないままで、路もそれ以上は発言することもなかったが。
「出てくるなら見つけられる」
「本当にそう思う?」
不機嫌に返すと、路は不服そうにむっとしてみせた。
「手伝うって言ったでしょ」
「……言ったけど」
ばつが悪い思いで認める。
あの時は魔法少女をやめるつもりでいたので問題はないと思っていた。今となっては都合が悪いとしか言いようもなく、また自分のバカさ加減を恨んでしまう。
はぁ、と大きく息をつく。いや、路がみいの正体を知ることはない。昨日怪物と戦ったのもイレギュラーだし、同じことはきっともうない。
(……とも言えないのか)
内心で楽観を否定する。イレギュラーの原因は、父親が巻き込まれるかもと思ったことだ。同じことがあれば、みいはきっと変身して飛び出すだろう。
魔法少女となったみいの願いは、父の健康と幸福だ。それを守るためならば、なんだってやるつもりでいる。
路の願いは魔法少女を探すことだ。路がもし魔法少女だったなら……そもそもああはなっていなかったのか。
「手伝うとは言ったけどさ、どうするわけ? 魔法少女をとっ捕まえるの?」
「会えればどうにか……」
「魔法少女だよ。飛んで逃げられたら終わり」
「それはムカつく」
「は?」
路の言葉に、素の返しが口から洩れた。
「逃げられたらムカつくよ」
「いや、どうするのかってことなんだけど」
「こっちは話したいだけだよ。逃げるってことはやましいことがあるんでしょ? 何もないなら堂々としてればいいんだから」
「あのさ、そんな話じゃないんだよ」
苛立ちがそのまま言葉にこもるのを止められないまま路を睨む。
路はびっくりしたように目を見開いた。
「なんで怒ってるの?」
「怒ってない」
「え……? 怒ってるじゃん。魔法少女の味方なの?」
「そういう話じゃなくて」
「だったら許さないよ」
路はぎゅっと眦を深めて、みいを睨み返してくる。
「玲の味方をしないなら、みいを許さない」
「……話にならない」
呆れが口をついて出た。路はただ感情のまましゃべっているだけで、付き合っても意味がない。
路はますます怒りを示して詰め寄ってくる。
「みいはどうして魔法少女を探すの?」
「はぁ? あんたに付き合ってるだけだよ」
「じゃあみいは、魔法少女に会っても何も言うことないの!?」
「いや……」
頭を抱える心地でうめく。
そもそも路が探している魔法少女がみいなのだから言うことなどない。もちろん白状するわけにはいかないが、路の突然の激昂についていけなくて深く考えたくなくなっていた。
「玲のこと、みいも……!」
「うるさい」
面倒になって、ぴしゃりと遮る。
「私だって玲のことは後悔してるよ。でもそれをあんたに言われる筋合いはない」
「……だって」
「大体あんただって何もできなかったでしょうが」
言い切ると、路ははっきりと傷ついた表情を浮かべた。
胸にわずかな痛みが走ったが、それは無視して完全に前を向いて早足で歩く。
つい言い返してしまったことを後悔する。別に路を傷つけたいわけではないが、向こうが悪いという意地もあり心がぐしゃぐしゃになっていく。
ぽつりとした声が後ろから聞こえた。無視していると、繰り返された言葉がはっきりと耳に届いた。
「……みいが、魔法少女?」
ゆっくりと首だけを後ろに向ける。
路は様子をうかがうようにみいを見ていた。その瞳を見据えて、どうにか口を開く。
「なんか言った?」
「……ううん」
路が否定してくれたことにほっとして、前に向き直る。
路はどうしていきなりそんなことを言い出したのだろうか。何か変なことを言ってしまったわけではないとは思うのだけど……
どれだけ自分に言い聞かせても、心臓の鼓動が少し早くなっているのを自覚してしまう。
(くそ……っ)
様々なことがうまくいかない。
玲のことがあってから、ずっとなのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます