53話 戸塚みい⑥

 トカゲの怪物が持つ無機質な瞳と視線を交える。

 気味悪さはやはり感じるが、無視して照準を合わせるように睨みつける。トカゲの怪物は微動だにせず、ただみいを見据えるだけだった。


(……まずは、何の能力か)


 怪物ごとの特徴――能力を確認したい。それ次第で戦い方も変わってくる。

 弓を構えたまま、さらに魔力を込める。一本だった矢が数を増やし、四本までになった。

 弦から指を離し、矢を放つ。四本の矢はそれぞれ微妙に弧を描いでトカゲの怪物へ飛んでいく。魔力で作ったこの弓は、現実の弓と同じ働きをするわけではない。形が同じなだけで、弦を引いた動きで矢が放たれているわけではない。なんなら弓を作らなくても矢だけで同じ攻撃はできる。

 それでも弓を作っているのは、その方が威力が出るだらだ。デュベルの(言葉少なな)教えと実践からの学びだが、魔力の武器化で重要なのは「自分が信じられるものを作ること」だ。自分のイメージと合致する動きをした方がそれに引きずられてパフォーマンスが上がる。だから弓を作るし、実際に弦を引く動きも行う。

 放たれた四本の矢は狙い通りに飛んでいき、トカゲの怪物のすべての足に一本ずつ突き刺さった。


「ギャァァァァァ!!」


 悲鳴とも威嚇ともつかないような耳障りな悲鳴を耳にしながら相手を観察する。どれだけのダメージを与えられたかわからないが、これで動きは鈍るだろう。

 と。

 みいの視界の奥、トカゲの怪物の後方で何かが大きく膨らんだ。

 後方に体重を傾けて、見たものを口にする。


「――しっぽか!」


 トカゲの怪物の尾がその体よりも巨大に膨らみ落ち着きなく跳ねまわり、みいに向かって横薙ぎに振るわれる。

 寝るように体勢を横にして地面へ降下する。みいの頭上を風切り音を立てていったトカゲの怪物の尾は、派手な音を立てて電柱を数本へし折っていった。

 小さく舌打ちしながら体を反転させ、折られた電柱に両手を突き出す。


「固有魔法――」


 呪文のように唱える。これもする必要なんてないが、こういう「それっぽさ」で上がるパフォーマンスは意外に馬鹿にできない。サンドバックを殴る時だって、自分がプロの格闘家にでもなったような気持ちで行うものだ。

 とにかく、みいは己の中の魔力を解放して鋭く囁いた。


「消滅」


 みいの手のひらから不可視の魔力が解き放たれる。みいにも見えることはないが、電柱に向かって魔力は飛んでいく。

 衝突し――宙にあった電柱は嘘のようにみいの視界から消滅した。

 ちらりと下を見る。さすがにやじ馬も避難をしているが、まだ完全ではない。誘導にあたっている警察官は最後まで残るだろうし、そのことは考慮しながら戦わないといけない。

 何度目かの舌打ちを漏らし、トカゲの怪物に向き直る。

 トカゲの怪物はぶんぶんとしっぽを振り回している。あんなものを振り回されれば、いくら周りに気を付けたところでどうしようもなくなってしまう。

 素早く弓を構えて矢を一本射る。

 トカゲの怪物のしっぽが迎え撃った。魔力の矢は突き刺さった様子もなく、しっぽによって叩き消される。しっぽはそのままうなりをあげてみいへ斜め上から振り下ろされる。

 避けることはできる。だがみいにはそのつもりはなかった。


「――消滅」


 再度固有魔法を解き放ち、しっぽを迎え撃つ。

 狙いたがわずにみいの魔力はしっぽの真ん中ほどへ命中し、この世から消し去った。千切られたかたちになった先端が吹き飛び、近くのビルの窓を突き破っていった。

 トカゲの怪物は一瞬呆けたようにきょとんとして、うなるような威嚇の声をあげた。

 痛みはないのかもしれないが、武器を奪った。トカゲの怪物のしっぽはすっかり短くなり、近づかない限りは脅威にはならないだろう。

 地面へゆっくりと降りながら魔力の矢をつがえる。今度は五本。

 トカゲの怪物は這うような視線をみいに固定したまま、身体をくねらせてどたどたと前進した。速い、というより


「きもっ!」


 顔をしかめてうめく。下がりたい気持ちをこらえて、地面を蹴ってトカゲの怪物に接敵する。

 矢を放つ。トカゲの怪物に面白いように突き刺さり、歩みが鈍った。

 すれ違う寸前でブレーキをかけ、トカゲの怪物の背に乗る。正面には短くなったしっぽが揺れている。ここまでくればいくらなんでも当たってしまう。

 手を叩きつけるようにして消滅を放つ。しっぽの根元から消し飛び、完全に武器を奪ったことを確信する。

 魔力の矢を生み出し、トカゲの怪物の背中に突き刺す。矢が半ばまで埋まっていき、トカゲの怪物が苦悶に身体をくねらせた。


(このまま仕留める!)


 固有魔法を放つべく力を注ぐ。溜めが小さいと威力も削がれるが、今ならトカゲの怪物は何もできない。

 十分にため込んだ魔力を解放しようとした刹那――体が吹き飛ばされた。

 高速に回転する視界を数秒ほど味わう。それも止まり、小さくうめきながらふらふらと起き上がる。

 美容室の中だった。なんらかの攻撃を受けてしまった、のか。全身に鈍い痛みはあるが、戦いには支障はなさそうだった。どちらかといえば少し目が回っている。

 みいが突き破ったと思しきガラス戸の向こうに、道路に鎮座したままのトカゲの怪物が見える。その視線はみいに固定されたまま、かすかに笑ったように見えた。多分錯覚だろうが。

 それよりも気にするべきものがあった。大きく溜息を吐いて、自分の迂闊さを呪う。


「そういうこと」


 消滅させたはずのしっぽが元通りにぶんぶんと振り回されているのを見て、攻撃の正体を悟った。

 再生するのであれば、いくら消滅させても意味は薄い。あまり時間をかけてもいられないし、どうにかしっぽを躱して直接消滅を叩きこむしかない。

 とりあえず美容室から出ようと歩き出した足をすぐに止める。

 振り回していたしっぽを止め、先端をみいに向けている。不穏なものを感じて、それ以上進まずに注視して待つ。

 矢のように、しっぽが飛んできた。


「っ!」


 咄嗟に横に避ける。通り抜けたしっぽは背後の壁を突き刺し砕いていった。

 再生どころではない、長さも自在に変えることができる。

 飛行でトカゲの怪物へ接近を試みる。美容室を出ると、もうほとんど目の前だ。


「消えろ!」


 願いを吐き捨てるように口にし、叶えるべく消滅を叩きつける。

 寸前でしっぽが割り込んできて、みいの消滅はしっぽを消し去るに終わった。

 追撃、と思うより早く目の前でしっぽが再生する。

 みいの腹をしっぽが撃った。今度はガラス戸ではなく、ビルの壁にたたきつけられる。衝撃に呼吸ができなくなる中、地面に向かって落下を早める飛行を行う。

 頭上の壁をしっぽが刺し貫いていく。

 矢を三本生み出し、弓を遣わずに投げ放つ。威力は下がるが、弓を構えている場合ではない。

 しっぽが壁のように広がり、矢がぼすぼすと突き刺さった。そのまま壁のようになったしっぽがみいを打ち据えるべく迫ってくる。

 手近な窓ガラスを破りながらビル内へ避難する。広がったしっぽが窓を覆うように叩いたために部屋の中が暗くなったが、構わずに部屋の奥へ走り扉を開けて廊下に出た。

 じり貧になっている。消滅を直接叩きこむまでのハードルを越えられないまま追い詰められていることを自覚して、廊下を走りながらぎりっと奥歯を噛んだ。

 父親が帰ってくるまでにすべて終わらせなければいけない。帰宅した父親を笑顔で出迎えて、美味しい晩御飯を作ってあげたい。


「さっさと片づけて帰るっ!」


 やるべきことを再度口にして、近くの壁に消滅で穴をあける。倉庫らしき部屋の中を飛行で駆け抜け、窓から外へ飛び出した。

 トカゲの怪物とはやや距離が開いていた。しっぽは元に戻っていて、みいが入っていったビルをぼーっと見ている。ついでにやじ馬の姿も消えていた。

 魔力の弓を構える。歯を食いしばりながら全力で弓を引き、トカゲの怪物を睨みつける。

 トカゲの怪物がこちらに気が付いた。それを合図にしたかのように、みいの手が弦から離れる。

 全力で弓を引いたというイメージが、魔力の矢に速度を与える。空を疾駆する矢は流星のようにトカゲの怪物めがけて飛んでいく。

 トカゲの怪物は焦った様子もなく、しっぽをぶんと振るった。さきほどのように広がったしっぽが、魔力の矢を迎え撃つ盾のように構えられた。

 魔力の矢がしっぽに突き刺さる、寸前しっぽに穴が開いた。その隙間を抜けて、魔力の矢はトカゲの怪物の頭に突き刺さった。


「ギャァァァァァ!?」


 混乱が混じったような悲鳴を耳にしながら、みいは空を蹴った。

 真正面から矢は命中したが、トカゲの怪物はまだ生きている。とどめを刺すなら、今が絶好の機会だ。

 トカゲの怪物のしっぽはダメージの影響か元に戻っている。迫ってくるみいを認め、まっすぐに槍のように突き出してきた。

 身体のひねりだけでそれを躱す。刺すだけの単純な攻撃なら、何も怖くはない。

 しっぽをガイドのようにして進みながら手の中に消滅の魔力を生み出す。力を込め、威力を高めるべく集中してトカゲの怪物を睨みつける。


「消え、ろっ!」


 渾身の叫びとともに手の中の消滅を直接トカゲの怪物の頭に叩き付ける。十分に魔力が込められた消滅の力は、トカゲの怪物の頭を丸ごと消し去ってのけた。

 一泊遅れて頭を失ったことに気付いたかのように、トカゲの怪物の身体が地面に沈んだ。手足を伸ばし寝そべったような体勢になった後、端からほどけるようにして霧散していく。

 決着に安心して、大きく息をついた。


「デュベル、直して帰るよ」


 呼びかけにデュベルがみいの頭に乗る。蟹に頭に乗られるのはどうにも慣れないが、とにかく集中して願いの力を発動させた。

 わずかな時間で、戦闘で破壊されたすべてが修復される。ざっと視線だけで確認すると、認識阻害を深く入れて空に昇った。

 全力で家に向かって飛行する。風を切りながら、頭の中には後悔があった。

 結局、こうして魔法少女として怪物と戦ってしまった。大勢に目撃されているし、ネット上にも広まるだろう。

 認識阻害がある限りバレることはない。そう信じたいが、もしかしたらという不安が頭の隅から消えてはくれない。

 表情から苦渋が消えないまま、みいは頭を振った。

 早く父に会いたい、それだけを考えるようにした。

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