51話 戸塚みい④

「どこにいるかな、魔法少女」

「……さあ」


 適当に返事をして、こっそり肩をすくめる。

 放課後になり、すぐに帰ろうとしたみいに一緒に帰ろうと路が誘ってきたのだ。断る理由もないので、こうして一緒に帰っている。

 路とは家も近いので通学路はほとんど一緒だ。示し合わせているわけではないのだが登校時に会うことが多く、そうなると無視するのも変なので一緒に歩くことになる。

 路は変わらない。口を開くと魔法少女を批判する言葉があふれ出し、他のみんなはそれを適当に受け流す。ある程度話すと気が済むのか、急に黙ってしまう。

 路はあれ以来ずっと怒っている。それはみんなわかっている。それぞれの受け止め方があることをみんなはわかっているので路が怒るのを黙って聞いているということを、路は果たしてわかっているのかは疑問だ。

 路はまっすぐすぎる。小学六年生は子供だけど、十分にズルさを持っている。子供らしさなんて大人が押し付けてる願望なんてことは、みいだってわかっている。好きな大人――父親に対しては理想の子供でいたいとは思うが。

 何を言ったところで、何も変わらない。


「本当にさ、みんな真面目に聞きもしないよね」

「そんなことないよ」

「なに、あれが聞いてるって言いたいわけ?」

「聞いてるよ」


 言外の意味を込めてうめく。

 学校で言い足りなかったことをすべて出し切るかのように帰り道で同じ話をされるのに少し苛立っていた。一緒に帰るのを断るのは簡単だけど、そうすると路はどうするのだろうと思ってしまう。無駄な気を回しているような気もするが、冷たくあしらうことまではできない。

 話を聞くぐらいはしてやってもいいとは思っているが、さすがにイライラすることも止められない。何度同じような話を聞かされなければいけないのか。

 どうしてこの子はうまくやっていこうとしないんだろう。

 みんな、折り合いをつけて生きているのに。

 自分たちは子供だけど、それぐらいはわかるはずだ。


「――ねえ」

「……え?」


 不意に呼びかけられて、きょとんと訊き返す。

 路の不機嫌そうな顔に、内心で舌打ちする。思考に没頭してしまって、路の話をほとんど聞いていなかった。いやまあ普段からそんなに聞いていないが、さすがに露骨にしすぎてしまったか。

 路は顔をくしゃっとゆがめて、ぷいっと前を向いた。

 拗ねたかな、と面倒を覚えながらもそれはそれでいいかとも開き直る。

 せいぜいあと十分も歩けば帰り道は分かれる。

 そんなことを考えたみいに、路はしかし言葉を続けた。


「ほんと、みんな何も聞いてない……意味がわかんない」

「…………」


 返事をせずに、鞄を持ち直す。

 意味がわからないのは、お互い様だ。グループの面子は逆に路がどうしてそこまでこだわるのかがわからないだろう。

 ふと、路の言い方に違和感を覚えた。

 路は学校では魔法少女への不満を口にする。みいと二人になってもそれは変わらないが、グループへの愚痴も多くなる。みんなは真面目に聞きはしないと。

 みいもグループの一人だ。路に味方なんてしていない。路が言う「みんな」にはみいだって含まれるはずだ。


「……路はさ、なんで私にそんな話するの?」

「なにが?」

「なにがじゃなくて。路が何言ったって誰も聞いてないっていうなら、私に話す意味もないでしょ」

「みいは聞いてるから」

「は?」


 何言ってるんだこいつはと路に横目を向ける。

 路は呆れたようにうめいた。


「みんなはわたしの話なんてなにも聞いてないけど、みいは違うじゃんか。玲のことをちゃんと覚えてるのはわたしとみいぐらいだし」

「……何言ってんの」


 言い返そうとしたが、思ったより震えた声になって自分でも驚いた。

 それ以上の言葉が続かずに、口をぽかんを開ける。

 路がふふっと笑った。路が笑うのを聞いたのはずいぶんと久しぶりな気がした。


「みいが本当のこと言ってくれたらいいのに」

「私が嘘ついてるって言いたいの?」

「え、ううん。なんか言い方変だったね。思ってること、本当の気持ち」

「……そんなことしてなんになるの」


 冷めた心地でぼそりとつぶやく。

 まさかそんなことを言われると思っていなかった。みいから言わせれば、路は本当の気持ちとやらと口にしすぎだ。そうしたところで誰かが聞いてくれるなんて本気で思っているのだろうか。

 言わなくていいことは言わない。子供だってそれぐらいはできる。無邪気なように見せても、場の空気を読んで話すぐらいのことは当たり前にこなせる。

 路がまた笑った。おかしそうな響きで、軽くイラっと来るが何も言わずに我慢する。


「その言い方は、本音を隠してるって言ってるのと同じじゃない?」

「そんなの誰だってそうだよ。グループのみんなだって同じ」

「じゃあさ、みいはあのことをどう思ってるの?」

「……どうって言われても、終わった話だから」

「終わってない」


 路の否定に、思わず舌打ちが漏れる。聞こえなければいいなとは思ったが、おそらく無駄な祈りだろう。

 路が何と言おうと、玲のことは終わった話だ。取り返しはつかないし、みいは何もできなかった。

 何も返さないみいにそっと吐息して、路は投げやりに続けた。


「魔法少女がもう少しちゃんとやってくれてたらね」

「やってたよ」


 反射的に言い返してしまい、今度は自分自身に舌打ちをする。

 突き刺さるような路の視線を無視しながら歩く。もうすぐ分かれ道だ。

 少しだけ前に出た路が、ほんの少しだけ先に分かれ道に到着する。そのまま進んでいくことはなく、足を止めてみいに向き直った。

 無視して帰ろうと思ったのに、どうしてだかみいも足を止めてしまった。うんざりする心地で路と正面から向き合う。

 二人のそばを低学年と思われる男子数人が走っていった。それをちらりと見送ってから、仕方なく口を開く。


「終わった話を蒸し返して何になるの? 意味ないよ」

「終わってないから話してるの。また同じことがあっても、魔法少女は何もしない。だから魔法少女に会いたいんだって」

「私に言われても知らないよ」

「……みいもさ、魔法少女探すの手伝ってよ」

「は?」


 きょとんとした声をあげると、路はイライラと続ける。


「わたし一人じゃ探すの難しそうだから、誰かに手伝ってほしいの」

「私が手伝ったところで見つかるわけないよ」

「お願い、みい」


 そう頼み込んでくる路の表情は、本当に困りきっているように見えた。まあ、魔法少女を探しだすなんてことはできるわけもないのだが。

 もしかして、と内心で訝る。

 路はみいのことを魔法少女だと疑っているのではないだろうか。

 そんな懸念も一瞬で、ふっと笑う。もしそうだとすれば、路の性格からしても直接的に言ってくるだろう。

 だからと言って路の頼みを受ける理由もない。


「ごめん、私家のことで忙しいから何もできないよ」

「少しでもいいから」

「見つけてどうするの?」

「言いたいことを言う」


 即答する路を見つめて。

 みいは根負けして小さく頷いた。


「ネットで情報探すとかそんなしかできないけどそれでもいいなら」

「……うん、それでいい」


 路はほっとしたように薄く笑って、よし、と歩き出した。


「明日また話そ。じゃあね」

「ん」


 短く応じて、ようやく家路につきなおす。

 一人になって、我慢していた溜息を大きく吐く。

 路に協力しても、やっぱり何も変わらない。そもそも魔法少女はみいなのだから、見つかるわけもない。もう魔法少女を辞めたみいのことはどんな人間にだって見つけることはできない。路には適当に探すふりだけしてやればそのうち気も晴れるだろう。


(……いや、どうかな)


 自身の推測に疑問を持つ。

 路の怒りはどこまでも続いていくのかもしれない。ぶつけどころがない怒りは膨らむばかりで萎むことなどないのかもしれない。

 だとしても、みいには関係はない。

 路にはとって魔法少女を探すことは大事なことなのかもしれないが、みいには家のことが大事なだけだ。

 帰ってやることを思い浮かべる。魔法少女をやらないことで時間ができたので、できることはいくらでもある。

 よし、と家に入りカギをかけるとそれを待っていたようにデュベルが口を開いた。


「出たぞ」

「……知らないよ」

「向こうだ」


 みいに構わずに続けるデュベルに不審なものを感じて、スマートフォンで地図アプリを起動する。


「どこにどれぐらい?」

「向こうに……」


 方向と距離を聞いて。

 みいは小さく怒鳴って家を飛び出した。

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