50話 戸塚みい③
「信じられない、ほんとに最低だよ」
通学路で合流した
みいは曖昧に苦笑して、路が話すに任せる。
「ありえないよ、無責任すぎる」
彼女の怒りの矛先は、魔法少女に対してだった。ただし旅客機を撃墜した槍の魔法少女ではなく、この街の魔法少女――つまりはみいに対してだ。
もちろん路がみいの正体を知っているわけではない。それでも若干のいづらさを感じながら、とりあえずの相槌を打つ。
「ここだけじゃないみたいだね」
旅客機の件から二週間ほどが経っていたが、全国でも数件怪物が放置された事例が報道されていた。やはり、というかみい以外にも同じ判断をした魔法少女がいたことに安堵したのだが。
ちなみにスーパーの傍に出た怪物は、被害者を出すことなくしばらく暴れたのちに消滅したそうだ。ただスーパーの一部が損壊したようで、臨時休業になるとSNSにあった。
今日の買い物が面倒になったな、と思ったがそれだけだ。
路はそうだね、と頷いてからぼそりと吐き捨てた。
「それもそれでムカついてんだけどね」
「ムカついたってしょうがないよ」
「は? ムカつくものはムカつくから。最低な魔法少女なんだから」
路の悪態にこっそりと顔をしかめる。
冷静を装ってはいるが、路の態度には気持ちがささくれたってしまう。何も知らないくせに悪し様に言ってくれるという意地と、批判に理がないともいいきれない負い目がみいを落ち着かなくさせる。
「怪物を無視したのかもしれないけど、それでも被害は出てないよ」
「スーパー三日お休みだって」
「けが人もいない」
「みいは魔法少女の肩を持つんだ?」
信じられない、という顔で路がじろりと睨んでくる。
みいは降参とばかりに両腕を上げた。
「そういうわけじゃないよ。路の方こそ、怖いよ?」
「……当たり前のこと言ってるだけ」
言い捨てる路に、みいは内心でこっそりとつぶやく。
(しょうがないか)
学校に到着して教室に入ると、いつもの女子グループに迎えられる。路が勢い込んで話し出すのを、みんなどこか冷めた目で聞いていた。
「ほんとありえないよ。話してるとどんどんムカついてくる」
「んー、まあしょうがないんじゃない?」
「は?」
適当に相槌を打った女子に、路が苛立った声を上げる。
「なにがしょうがないの」
「だって、みーんな魔法少女叩いてるじゃん。出にくいって」
「スーパー壊れたからお菓子買えないんだよね。スーパーだけでも守ってほしかったな」
「それだよね」
くすくすと笑いあう二人に、路は明らかに苛々としていた。
いつもの光景と言えばいつもの光景に近い。普段から路がこうして苛々しているというわけではないが、路はグループと違う意見でも平気で口にするのでたまにこうしたことになる。
みいはグループではあまり話さない。グループの意見に合わせて、それっぽいことをたまに言うだけだ。それだけでグループに溶け込むことはできるし、余計な波風は立てずに済む。
なるべく周囲と円満にやっていくために当然のことだと思っている。みいは家事をしたい都合で放課後にあまり遊んだりもしないので、グループ内での地位は必然的に低くはなる。かといってクラスで一人でいるのもあまりよくはないかと思うので、グループでただ流されてなんとなく笑っている。
しかしそうしてさえいれば普通にやっていけるので、不満はない。
「みいも困るんじゃない? 買い物できないよ」
「そうだね。買いだめがあるから数日はなんとかなるけど」
「お母さんと同じこと言ってる」
「みいはほとんどお母さんみたいなものだからね」
「誰がよ」
軽い言い返しに、みんなが小さく笑う。
横目でちらりと見ると、路だけはやはり笑っていなかった。
その路が軽く息を吸うのが見えて、みいは心中で息を吐いた。
「みんなは魔法少女にムカつかないの?」
路の言葉に、全員が笑みのまま首をかしげる。
「どうしたの、路」
「この町の魔法少女の無責任さだよ。肝心な時に何もしない!」
路は鋭く全員を見回す。みんなの反応から何かを探すように。
みいは努めて他のみんなと同じ表情を作った。路の勢いに苦笑して、どこか面白がるようなそんな笑みを。
路が魔法少女の話題になると激するのはいつものことだ。その原因もみんな知っている。知っているからこそ、路の態度を笑いで包んで流すようにしてしまう。
路が魔法少女に苛立っているように、みんなも路の態度を決して快く思っているわけではない。
それでもこのグループが成立しているのは、同じものを共有しているからだ。ただ、それに対する向き合い方がそれぞれ違うだけだ。
多分、路はそれもわかっていてこういう態度をとる。
「路さ、あんまり魔法少女のこと悪く言わない方がいいよ」
「なんでさ」
じろりとした視線に、発言した女子はくすりと笑って右手で何かを突き刺すような仕草をした。
「殺されちゃうかもよ?」
「飛行機ごとぐっさり行くぐらいだもんね」
もう一人も調子を合わせて笑い声をあげる。
(殺さねえよ)
内心で思い切り毒づく。かなり不愉快だったが、顔には出ないように気を付ける。
路は指で机をとんとんと叩いて好戦的に言い放った。
「むしろ来てほしいぐらいだよ。言いたいことがいくらでもあるからね」
「その前に殺されるって」
からかうように言われるのだが、路もそれ以上は何も言わずに半眼で黙り込んだ。
あっという間に話題が変わり、みいは適当に会話に入りながら路の様子をうかがう。
路は変わらない。以前から言いたいことは言ってのける実直なところがあった。が、あれ以来苛烈さが加わり、反比例するようにグループの視線は冷ややかになっていった。
それでも何も変わらない。路も、周囲の態度も。みいも。
路が魔法少女としてのみいに会うことはないし、路の言いたいことなんてすべてわかっている。
路がこうして言いたいことを強気に言えることは、正直すごいとは思う。みいは波風立てずに学校で過ごしていくことを考えているので、言いたいことは口にしないことがほとんどだ。
だからといって、路のように振舞いたいとはまったく思わないが。
☆☆☆
洗い物を終えて、ソファに座っている父に視線を投げる。
父はソファに深く腰掛けてバラエティ番組を見ている。時折聞こえる笑い声に耳を傾けて、うーんと目を細める。
冷蔵庫からビールを取り出して、父のもとへもっていく。
「お父さん、飲む?」
「ん、ありがとう」
礼を言って受け取ろうとするのを制して、ジョッキにビールを注ぐ。
こういう時、父は決まってきまり悪そうな表情をする。みいが家事をしたり、こうしたことをするのをまだ戸惑っているようだった。洗い物も、父がそれぐらいはやるからと言っていたのだがお父さんは要領が悪いからやらなくていいと蹴りだした経緯がある。言葉はもう少し選んだが。父は複雑そうにみいの家事を認めることにしてくれた。家事に関する父の要領は娘から見ても実際に良いとは言えなかったが、単に父に少しでも休んでほしいと思っているのは見抜かれているのかもしれない。
父は再度礼を口にして、ビールジョッキを傾けた。美味しそうにほほを緩ませる父を見て、みいも嬉しい気持ちになってしまう。
そのまま父の隣に腰かける。頭を持たれかけると、父は優しく頭を撫でてくれた。幸福な気持ちで、猫のように目を細める。
「みいはまだまだ甘えん坊だな」
そういいながらも、父はまんざらでもなさそうだった。
父とこうして一緒にいる時間が、みいにとっては大事なものだ。癒され、明日からも頑張ろうと思わせてくれる。
そんな父の様子をうかがいながら、そっと訊いてみる。
「お父さん、最近疲れてない?」
「ん? そんなことはないぞ」
明るく答えて、豪快に笑う。そんな姿はむしろ普段は見せないもので、強がりめいたものを感じてしまう。
これまでに手に入った願いの力はすべて父の疲労回復に使っていた。他人に効果が及ぶものは効果量が極端に低くなるため、単純な疲労回復と言っても気休め程度にしかならないそうだが。それでも戦闘時の破壊痕の修復以外はすべて父に使用してきた。
魔法少女をやめた現状、願いの力が手に入ることはない。スーパーを破壊した怪物を斃せば父を癒すこともできただろうが、それは適わないものとなった。
(……戦えば、少しはお父さんの疲れを摂れるだろうけど)
決めたはずのことなのに、わずかに迷いが生まれる。
戦えば願いの力は手に入るだろうが、それにはとびきりのリスクが伴う。そのリスクが、みいを深く縛り付けている。
「どうかしたのか?」
「……なんでもないよ。ねえ、マッサージするよ」
「じゃあ、頼もうかな」
頷く父に、立ち上がり背後に回る。
ぐっと力を込めて肩を揉む。父の疲れを癒すために願いの力を使う時は、必ず父にマッサージを施しながら行っていた。願いの力は微々たる効果しかないために併用した方がいいかと日々(インターネットで)勉強している。
「どう?」
「うん、効くよ。ありがとう」
父の反応を見ながら、付け焼刃の知識を思い起こしながらマッサージを続ける。
(願いの力なんかなくても、できることはあるよね)
魔法少女をやめても生活は変わらない。できることをすればいい。
父と、自分の生活を守る。それだけを考えればいい。
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