48話 戸塚みい①
リビングで夕食を摂っているときのことだった。父親と二人暮らしのみいだが、今日は父の帰りが遅くなるということで一人で寂しく食事していた。父が帰ってくるまで待っていたかったが、先に食べていなさいと言われてしまったので仕方なく従っている。
ニュース番組を見ていたのはたまたまだ。みいが好きなのは音楽番組だが、今日はないのでテレビの電源をつけて表示されたチャンネルのままにしていただけだ。
なんとなくつけたというだけで、特別意識を向けていたわけでもない。ニュースは頭に入らないまま、黙々と夕食を口に運ぶ。
なんとなく気になってしまい、普段は三つ編みを二つにしている黒髪を一つにくくり直す。その動作で手が触れてしまった眼鏡をかけ直して、夕食を再開する。
「……?」
気にしていなかったはずのニュースに、ぴくりと耳が反応した。
聞き取った単語にテレビに意識を向ける。テレビに映るキャスターは、確かに口にした。
『魔法少女です』
キャスターが繰り返す。
魔法少女絡みのニュースであれば、見ないというわけにはいかない。後でインターネットで確認しても良かったが、父親もいない今なら気にせずに見ることができる。
魔法少女のみいにとっては、他人事ではないのだから。
『機体は山間部に墜落したと見られ、生存者の捜索に延べ――』
キャスターが早口で言うのを聞いて、みいは思わず苦笑した。
スマートフォンを手に取り少し検索してみると、目的の動画がすぐに見つかった。
その動画の中で、魔法少女が旅客機に巻き付いている怪物ごと魔力の槍で貫いているのが小さくしかしはっきりと映っている。
「生存者、ね」
この動画はテレビでも流れていたそうだ。これを見て生存者なんてのんきなことをよくも言えるものだと呆れる心地でうめく。
インターネットではそれ以上の情報はなく、テレビのニュースも次のものに変わった。
かなり大きいニュースなのは間違いないが、だからといってそれだけ流すというわけにもいかない。旅客機の件は、既に終わってしまった話だ。現在進行形で怪物が暴れているわけでもない限りは、ニュースも次のものに移る。
しかしそれはこのニュースをみんなすぐに忘れ去るということを意味するわけではない。
テレビの電源を切り、箸をおいて目を閉じる。
しばらくして大きく溜息を吐いて目を開く。食べかけの夕食を視界に、頬杖をついて舌打ちをした。
もう一度スマートフォンを手に取り、SNSでの反応を次々と調べていく。旅客機を魔法少女が撃墜した、という事件は十分に重く見ている自負のあるみいの予測を超えてとてつもない反応に満ちている。
インターネット上の魔法少女への呵責のない悪意は、旅客機の件と関係のないみいですら心を抉られるようなものばかりだった。
とはいえ、いつかはこんな日が来るだろうとは思っていた。
さすがにここまで大きい事件がきっかけになるとまでは思っていなかったが、遅かれ早かれ似たようなことは起こっていたはずだ。
食事を再開する前に、相棒に視線を向ける。
「デュベル」
みいの魔法少女としての相棒であるデュベルは、真っ黒な蟹の姿をしている。壁の方を向いていたデュベルは、無言でみいに身体の正面を向けた。
デュベルは無視こそしないが、声を出して反応するということをほとんどしない。普段から積極的に会話をするというわけではないので、みいですらデュベルの声はすぐに忘れそうになってしまう。
だから、返事を期待せずに言葉を続ける。
「今のニュース見てたよね」
デュベルは右手のはさみを上下に動かした。多分肯定だろうと判断する。
「敵側の魔法少女の仕業だと思う?」
「あれだけでは判断しかねる」
低くくぐもったような声でデュベルが答える。
まあそうかと納得して、次の質問を口にした。
「どんな影響があると思う?」
「影響?」
「うん。たった今、全国放送で魔法少女が旅客機を乗客丸ごと破壊して皆殺しにした映像が流れた。その影響」
「…………」
デュベルの沈黙は長く、黙殺されたのかと思った。
会話を諦めて箸を手に取ろうとしたところで、遅い返事があった。
「魔法少女は怪物を殺しただけだ」
「怪物と、乗客全員を殺した」
「そうだが、みいがやったわけではない。その魔法少女がどこの魔法少女かなど、誰にもわからん」
「影響は? っていう質問の答えはそれでいい?」
「……ああ」
デュベルが短く応じる。
ふうん、と内心でうめいて目を伏せる。
デュベルの言うこともわからないでもない。インターネット上では既に魔法少女に対する批判をかなり見かけるようになっているが、批判そのものは前からそれなりにあるし現実でどれほどの影響が出るかは未知数だ。
けれど、魔法少女に対する悪意は簡単に暴発する。
それで苦しむ人間は、魔法少女とは限らない。
「どの道、他の魔法少女だってこれまで通りにはいかないと思う」
「それで、どうするんだ?」
デュベルの問いに、目線を返す。
かつての後悔は、みいの中に深く楔となって残っている。
下手をすれば、あの時以上の事態になりかねないよう予感があった。
そんなことはあってはならないし、みいも今の生活を乱されることは決して許容ができない。
父とのこの生活が守られることが、みいにとって一番大事なことだ。
決断を下して、口にする。
「魔法少女としての活動は終わりにする」
「……そうか」
ほとんど聞こえないぐらいの声が、余韻も残さず消える。
少し待ってみたが、デュベルは今度こそ何も言わなかった。そのことに内心でほっとして、食事を再開する。
この判断が一番正しいはずだと、頭の中で繰り返した。
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