32話 雲居巫香③
週が明けて学校へ行くと、いつもと雰囲気が違っていた。
やけに騒がしいな、というのが教室に入る前から伝わってくる。なんだろうと入っていくと、巫香がいつも話しているグループの子が巫香に手招きをした。
「巫香、来るの遅いよ」
「遠いもん」
自分の席に鞄を置いてグループに合流する。神社が学校から遠い場所にあるため、どうしても遅くなってしまう。多分、他の子たちより早く学校を出ているはずなのだが。
何の話をしていたのだろうと疑問に感じている巫香に、他の子が説明をしてくれた。
「魔法少女の話してるの、決まってるでしょ?」
決まってる、と言われてかすかに緊張を覚える。こういう風に言われると、わかっていない自分が責め立てられているようで胸がきゅっとなってしまう。
相手と同じ楽しそうな表情を意識してこくりと頷くと、その子はうんうんと話を続けた。
「飛行機のニュース。すごかったよね」
「飛行機……」
おうむ返しにしてから、何の話かをようやく悟ることができた。今飛行機のニュースといえば、さすがに一つしかないだろう。
「動画も見たけど、マジでやばいよ」
「わたしも見たよ。トラウマになっちゃった」
楽しそう、というのが巫香の第一感だった。
話の内容は魔法少女が旅客機を破壊したニュースのことだろう。たくさんの人が死に、トラウマになったという言葉が出るような凄惨な話だ。それなのに、やけに楽しそうに見えてしまう。
露骨に笑っているわけではない。どちらかといえば声は潜めているし、それなのにいやに賑やかなものを感じてしまうのは何故だろうか。
いや、と内心でかぶりを振る。こんな風に思ってしまう自分が、多分間違っている。
「巫香は動画見た?」
「見た、よ」
「やばいよね。あんな魔法少女もいるんだ」
「あんな魔法少女……」
一人が槍を突き刺すような手つきをして重く言った。
「よくできるよね。怪物だけじゃなくて人がいっぱい乗ってる飛行機ごとだよ?」
「……仕方ないんじゃないかな」
ぽつりとつぶやいた巫香に、全員の視線が集まった。口にしていたと慌てた時には手遅れだった。
「仕方ないってどういう意味?」
「死んじゃってもしょうがないってこと? ひどくない?」
「あ……え……」
全身に嫌な汗を感じながらうめく。注目に緊張が高まって、胸が苦しい。
口をぱくぱくさせる巫香は全員がしばし見ていたが、やがて飽きたかのように各々で話を再開させた。
なんとなしにほっとしてしまい、気分が沈みこむ。うまく話すことができない、うまく合わせることもできない、矛先がなくなったことにほっとしている。その全てが、巫香の気持ちを暗くさせていた。
大人しく話を聞いていると、全員が魔法少女を責めるようなことを言っていた。あれはおかしい、もっとやりようはあったはずだ。それぞれ思うことを話しているなか、巫香は大人しく聞いていた。
(……あったのかな)
映像を思い返しながら、内心で疑問する。
件の動画はアイピーが見つけ巫香も見た。ひどいショックを伴う映像で、思い返すだけで嫌な気持ちになる。
けれど、あの場にいたのが巫香じゃなくてよかったと思ってしまった。自分だったら、きっと何もできなかった。固有魔法を使った後の判断は巫香にはわからないが、きっと映像の魔法少女のように強行はできなかったのではないかと思う。
何もできなければ旅客機は墜落していただろうし、もし住宅地など人がいるところに墜落すれば犠牲者はさらに増える。実際には人のいない山間部に墜落したので、不幸中の幸いと言われていた。
きっとわざとそうしたのだろう、と巫香は思っている。いろいろなものを天秤にかけて、被害が最小限になるようにした。本人に訊いたわけではもちろんないが、巫香にはそうとしか思えなかった。
巫香だったらもっと最悪な形になったはずだという確信が、逆に仕方ないと思わせていた。
「どうするんだろうね、これから」
そんな言葉に耳に届いて、慌てて意識を会話に戻す。ぼーっと考え事をしてしまっていたが、幸いにも誰も巫香のことは気にしていなかったようだった。
「もう出てこれないんじゃない?」
「無理でしょ」
「……なにが?」
つい口をはさんでしまいすぐに後悔したが、だから、と説明をしてくれた。
「魔法少女、もう出てこれないんじゃないって話」
「出てこれない?」
「そりゃそうでしょ。あんなことして、普通に活動してたらマジでやばいよ」
「…………」
想像する。
旅客機を撃墜した魔法少女は、今何を考えているのだろうか。
はっきり言えば、まったくわからない。完全に巫香の想像できる範囲を超えた話だ。
それでも、もし巫香がその立場だったら耐えることはできないだろうなと漠然と感じた。
「ここの魔法少女もどうするんだろうね」
「同じじゃない? 出てこれっこないって」
「普通に出てくるかもよ。そしたらどうする?」
えー、と困り顔をするみんなをこっそり見回す。
巫香はまったく話についていけなかった。いつもそうなのだが、複数人集まると会話のテンポが巫香にとってはとても早くて聞き取ることも難しい。他の子たちもそれを理解しているのか、あまり巫香に話を振ったりはしない。いていいのかなと思うこともあるが、誰も出ていけとも言わないのでい続けているようなものだった。
今はこの町の魔法少女――つまりは巫香の話をしているようだった。しかし、やはり巫香にはわからない話だった。
巫香が旅客機を破壊したわけではないのに、どうして出てこれないなどというのだろう。アイピーの言っていたのは、このことなのだろうか。
「魔法少女がいなくなったりしたらどうする?」
「いなくなんてならないよ」
また全員の目が巫香に集まって、自分が思ったことを口にしていたことに気が付いた。
頭に真っ白になりそうなぐらいに緊張するが、少し待っても疑問そうな視線は逸れたりはしない。何か言わなきゃと、思ったままを口にする。
「魔法少女がいなくなったら……怪物どうするの?」
自分にもやっと聞こえるぐらいの声だったが、みんなにも届いたようだった。初めて気が付いたとでもいうようにそれぞれが顔を見合わせてひそひそと話し始める。
「怪物ってなんなんだろね」
「怪物は怪物だよ」
「でも魔法少女と一緒に出てくるようになったよね。魔法少女がいなくなったら怪物もいなくなるんじゃない?」
「それならいいなぁ」
(いなくなんてならないのに……)
今度はちゃんと心の声だけでつぶやく。
みんなは魔法少女のことを知らないのはわかっているが、そう主張してやりたかった。うまく話せるわけもないし、魔法少女であることを言うわけにはいかないので仕方ないが。
(……仕方ない)
先ほど自分が口にした言葉だ。件の魔法少女が旅客機を破壊したのはある種仕方ないことだったかもしれない、こうして魔法少女を好き勝手言われてしまうのも仕方ないのかもしれない、怪物が出るのもそういうものだとして仕方ない、のだろう。
もし怪物が出て、魔法少女として巫香が戦えばみんなはどういう反応をするだろう。
この調子なら、褒めたりはしないのだろうなと感じる。きっと色々言われて、責められたりするのかもしれない。だからアイピーも様子を見ようなどと言ったのかもしれない。
それも、仕方ないのかもしれない。
怪物が出たら、様子を見るというアイピーの方針にようやく納得がいった。
(……仕方ない、よね)
騒ぐ胸を押さえるように手を当てて、巫香は会話に再び集中するようにした。
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