28話 鹿沼鵯⑫

「魔法少女……?」


 祖父は面食らって目をぱちくりとさせている。そんな祖父の表情はかなりレアで少し面白かったが、今は面白がっている場合でもない。

 身を乗り出して、必死に言い募る。


「ボクがおじいちゃんのこと絶対に治すから、死んじゃダメだよ」

「治すって……ヒヨ、何を言ってるんだ?」


 祖父の戸惑いに、自分が何も説明できていないことに気付いて内心でもう、と声を荒らげる。自分のこういうところが、最近は本当に苛立たしい。

 説明するということは本当に難しい。これまでそんなことをちゃんとしようと思ったことはない。祖父に話に来ている今でさえ思い浮かんだことをただ口にしているだけだ。

 人にわかってもらうように話すというのは難しい。というより、これまでそんなことはできないと気にしてもいなかった。

 頭を使わないと話すということもできないのは本当に面倒なこととは思う。


「ボクは魔法少女で、その……願いを叶えることができるんだよ」

「…………」

「だから、それでおじいちゃんを治すから」


 たどたどしく話しながら祖父の反応をうかがう。祖父は眉間にしわを寄せていて、鵯の話をどう受け止めているかはわからない。

 考えるまでもなく、信じられるような話ではないだろうと思う。鵯だってアヘルから話を聞いたときは信用する以前の問題だった。喋る鳥に驚きはしたが、言っていることはわずかにも理解をしなかった。


(そうじゃない、かな)


 理解をしようとは、まったく思っていなかった。理解をしないまま空を飛べるらしいことだけでアヘルの誘いに乗り魔法少女になった。理解をしないまま空を飛び訓練し怪物を戦い、なんとなくで道理を覚えていった。願いの力は人の幸せに使える。それを後悔したことはなかったが、今ではもう少し違うやりかたがあったのではないかとも思う。

 祖父の病気を治療するというだけではない。それがなくても、きっともう少し良い使い道があるような気が今はしている。


『考えなさい』


 口うるさい鳥の言葉が思い出される。考えるのは嫌いだが、ずっとしないままというわけにもいかないらしい。むしろ、考えないと正体不明のもやもやが湧き出てくるばかりで解消されないことにはイライラがずっと続いてしまう。

 祖父が何を言わないのを見て、鵯は力なく項垂れた。


「ごめん、何言ってるのかわからないよね……」

「いや、信じるよ」

「信じてくれるの?」


 顔を上げて自信なく訊ねる鵯に祖父は笑って頷いた。


「ヒヨがそんな嘘を言う子じゃないのは知っているからな。そんなヒヨが言うなら本当なんだろう」

「……おじいちゃん」


 ほっとした、というより喜びにうめく。

 祖父なら、という気持ちがあったにせよ自分の話を受け入れてくれたことが無性に嬉しかった。話を聞いてもらえる、ということがこんなに嬉しいことだとは思ってもいなかった。

 そんな鵯の喜びに水を差すように、祖父は顎を撫でてでもなと言った。


「そんな簡単にできることでもないんだろう」

「……そうだけど」


 なにしろ肝心の願いの力がまったく足りない。祖父を治すといってもそれだけの量の願いの力が用意できる当ても存在せず、ただの勢い任せの宣言でしかない。

 けれど、鵯はやるつもりだった。どれだけ大変でも、そのための努力は惜しまない。大切な人のためなら、それぐらいのことはできると疑っていなかった。


「ヒヨの性格ならできるとしたらもうやってるはずだ。なにか必要なものがあるんだろう」

「うん」

「そもそも、治さなくてもいいんだ」

「え?」


 何かの聞き間違いかと思い訊き返す。

 祖父はゆったりと余裕のある微笑みで応えた。


「おじいちゃんももう年だ。もし治してもらったとしても、遠からず他の病気にかかるだろう。それなら、自然のことと受け入れたい」

「え、でも……」


 祖父の言っていることがまったくわからなかった。急に何を言い出すのかと慌てて何かを言おうとするのだが言葉が見つからない。

 祖父は穏やかな眼差しで言い含めるように続けた。


「強がりで言ってるわけじゃない。実を言うと、死ぬことは別に怖くはないんだ」


 死ぬのは怖くない。

 それは鵯自身も感じていることだ。事故に遭った時から抱いている思いで、魔法少女になってから死に直結しうる戦闘を幾度も行ってきてなおその思いは変わっていない。

 だが、祖父の言っていることはまったく違うものではないのではないかと直観した。


「死にたいわけじゃないからな。ただ受け入れているだけだ。ヒヨにはまだわからないだろうが……」

「わかんない」


 祖父を睨むようにして、鵯は声を上げた。


「ボクはおじいちゃんに死んでほしくない! そう思うのは、変なことなの?」

「変じゃない」


 祖父はゆったりとかぶりを振って鵯の言葉を認めた。


「大事な人に死んでほしくないのは当然だ。ヒヨはおかしくないよ。ただおじいちゃんの気持ちもあるし、自然の摂理というものもある。生きているものは必ず死ぬし、順番が回ってきただけだ」

「そんなの……」


 納得できない。だが祖父の言っていることもわかる。自然を見るまでもなく、生きているものは必ず死ぬ。鵯は人の死に直接的に触れたことはないが、自然界の動物の死は多少なりと触れてきた。死ねば、動かなくなり食われるか土に還る。

 人の場合は。


「嫌だよ……」

「……すまないな」


 謝られたことで、祖父の意志は変えられないのだとわからされた。祖父は死ぬ。そして鵯にはそれをどうすることもできない。

 祖父は目を細めて言い足した。


「すまないなと言ったのはもう一つあるからだ」

「?」

「おじいちゃんが倒れた日に怪物が出たが……魔法少女は出てこなかったらしいな」

「っ!」


 言葉の衝撃に身を震わせる。

 祖父の表情は変わらない。優しい微笑みのままだ。


「ヒヨが魔法少女なら、あの時行けなかったのはおじいちゃんのせいなんだろう。だから、すまなかったな」

「ち、違うよ。それはボクが……」

「ヒヨの気持ちは嬉しいが、俺としてはそれは気にしないでほしい」


 鵯の言葉を遮るように、祖父は強い口調で言い放つ。


「助けられるかもしれないのにできなかったら、きっとヒヨが後悔する」

「……ボクはおじいちゃんに生きてて欲しい」


 繰り返しの言葉が口から漏れた。

 やはりまとまらないままに、自分の感情を吐き出していく。


「ボクは優しくなんてないよ。人の幸せなんて求めてないって言われたとき、言い返せなかった。自分の大切な人が大事なんだって気づいたから」

「そんなことない」


 静かに否定されて、さすがにむっとする。

 これが鵯の本音だ。考えてこなかったことにアヘルの言葉をきっかけに気付かされた。夕と話し、祖父と話し、そういう結論にたどり着いた。


『その人にとって大事な人を亡くしたんだから、辛くないわけないよ』


 夕の言葉を思い出す。この言葉を聞いて、鵯にとって大切な人が大切なんだと気づくことができた。

 だから、鵯のこの結論は間違っていないはずだ。


「あ」


 唐突に頭に閃くことがあった。

 それが逃げ出さないように、慎重に言葉を作る。


「みんな、大事な人なんだ」

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