26話 鹿沼鵯⑩
放課後になってすぐ夕に声をかけようとしたのだが、既に夕の姿は教室にはなかった。
あれ、と教室を出てきょろきょろと探すが、夕は見当たらない。
「帰っちゃったかな」
一緒に帰ろう、と言いたかったとがっかりする。まさかこんなに素早く動かれるとは思っていなかった。
仕方ない、と一人で帰ることにする。夕がいないのなら、鵯は一人で帰ることになる。夕と話してなかったここ最近も、同じように過ごしていた。
玄関で靴を履き替えて外に出ると、門のところで夕が立っていた。鵯を認めると、ゆっくりと歩き始める。
小走りで追いついて横に並ぶ。夕はこちらをちらりと見て、すぐに前方に視線を戻した。
行動の意味がよくわからない鵯はきょとんとしながらも訊いてみる。
「一緒に帰っていい?」
「うん」
承諾した夕の手を握る。驚いて飛び跳ねた夕の手を引っ張り、ぎゅうっと握って夕の顔を覗く。
夕は顔を赤くしてあたふたしている。それを見ても面白いなとは思うが、鵯自身は冷静でいられている。
それを確認して、夕の手を離した。
「な、なにするんだよ!」
「確認」
「なにが!?」
慌てる夕を他所に、空になった手をぐっぱと開く。
昼に話した時のような動揺がもう自分にないことがわかり、ほっとして夕に問いかけた。
「なんで先に教室出てたの?」
夕は半眼で鵯を見ていたがやがて諦めたようにかぶりを振った。それから後ろを振り返った。鵯も倣ってみるが、普通に他の下校中の生徒がいるだけだ。
ふぅ、と息を吐いた夕は囁くように言った。
「他の男子たちが魔法少女を探そうって話してるんだよ」
「魔法少女を?」
唐突にすぎる話に、鵯は眉をしかめた。
「なんでそんなことするの?」
「昨日怪物が出たのは知ってる?」
「うん」
訊き返されて、苦い顔で頷く。
「怪物が出たのに、魔法少女が出てこなかっただろ? それで……捕まえようって話してるんだよ」
「捕まえるって、魔法少女を?」
「うん」
「どうやって?」
「……さあ」
夕は突き放すようにつぶやいた。ちょっと嫌な感じがしたが、鵯に対しての感情ではなさそうだった。
少し疲れた顔で、夕は続けた。
「おれも誘われてたんだけど、誤魔化して逃げてきたんだよ。でも放課後になったらまたなに言われるかわかんないからさ」
「……魔法少女を捕まえてどうするの?」
「さあ。思い知らせるって言ってたけど、あいつらもどこまで本気なんだか……捕まえられるわけなんかないのに」
「思い知らせる……」
夕の言葉を繰り返す。
昨日、鵯は怪物が現れたのを無視した。祖父のことがあったということもあり、思い知らせるなどと言われても困るというが本音だ。怪我人もいなかったのだから、それでいいのではないかとも思う。壊れたものの修復もしたかったが、願いの力がなかったためにそのままになってしまったのは悪いかもとは思っているが。
夕が言った通り、捕まる心配などない。なんなら変身しなくたって、クラスの男子には捕まらずにいられる自信だってある。認識阻害があれば身元がバレることはないし、どれだけ探したところで結果は出ないままだろう。
大体、どうして捕まえられなければいけないのか。鵯がその男子たちに何かしたわけではない。何かを言われたりされたりする筋合いなんてないはずだ。
(……?)
胸にちくりと何かが刺さったような感覚がして、胸に手を当てる。実際に何かが刺さったわけではない、胸の内になんらかの弾みを感じていた。
最近は特に訳が分からないことが増えた気がする。考えないようにしていても、何かが引っかかってしまう。無視しているのに、しつこく鵯の袖を引いてくる。
怪物を結果として無視したこと。このことを考えるといやにもやもやする。夕の時でイライラしていたのとは少し違うものだ。
「ヒヨ、どうかしたの?」
「なんでもない。夕はボ……魔法少女を捕まえようって思わないんだよね」
「うん、やるまでもなく無理だし。もし見つけられても飛ばれたらもうどうしようもないじゃん。それに……」
「それに?」
言いよどむ夕は、鵯の訊き返しに目を泳がせた。
なにかまた言いづらいことでもあるのだろうかと訝る。そう言ったわけではないのはわかっているが、夕が魔法少女としての鵯に味方をしてくれたように思えていた。
「真鍋が張り切ってるんだよ。絶対に魔法少女を捕まえてやるって」
真鍋は、クラスの男子だ。夕の友達で、昼休みのサッカーで夕のことを話した男子だと思い出す。
「塾が同じなんだけど、そこにその……怪物の被害に遭った人がいてさ」
「え、どこで?」
「ああ、いや。その人は違くて、旅客機のことあっただろ? あれに叔父さんが乗ってたそうなんだ。仲が良かったみたいで、落ち込んでるんだよ」
「…………」
夕は言いづらそうにしながらも、ぽつりぽつりと話を続ける。
「その人が昨日のことで怒っててさ。要は真鍋はいいとこ見せたいってだけなんだけど。探したいなんて一言も言ってないし」
「なんでそんなこと言うの?」
「え?」
きょとんと眼をぱちくりとさせる夕に、不機嫌にまなじりを寄せる。
「旅客機のことは関係ないじゃん。こっちの魔法少女がなにしてたって、その人に怒られる筋合いないよ」
「そうかもしれないけど……」
夕は困ったように頬を掻いた。
「でも、旅客機のことで怪物が人に危害を加える可能性があるって現実的になったからさ、心配なんじゃないかな」
「……そんなこと言われても」
「おれも力になれるならなってあげたいけど」
鵯のうめきは小さすぎて聞き取れなかったか、夕は遠くを見て独り言のようにつぶやいた。
「その人にとって大事な人を亡くしたんだから、辛くないわけないよ」
「…………」
夕の言ったことが、妙に胸を衝いた。
今までの何かとつながりそうな予感に、鵯は思わず立ち止まった。
「ヒヨ?」
「夕、ボク……」
考えるのは嫌いだ。頭が悪いから、どうせわからない。
そのどうせわからないを今は言ってはいけないような気がした。
今思っていること全てを話してしまえば、夕はどういう反応をするのだろうか。
心配そうにしている夕に向かって、なんとか笑みを浮かべる。
「なんでもない。帰ろう」
「う、うん」
戸惑ったような夕を追い越すように、軽い早足で進んでいく。
今話すことができる心当たりは、一人しかなかった。
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