24話 鹿沼鵯⑧

「ヒヨ、もう行かないと……」

「うるさい!」


 怒鳴り返されたアヘルが、顔をしかめて嘆息する。

 それをちらりと見て、鵯は舌打ちした。今は、そんなことを気にしていられる状況ではない。

 ドアが開き、母が部屋から出てきた。すぐに母に縋るようにして、詰問する。


「おじいちゃんは……」

「しっ」


 母は短く鵯を制すると、鵯の手を握り引っ張っていった。

 鵯の部屋に入ると母は鵯に向きなり、座ってと小さく指示する。

 言う通りにした鵯の前で、母は静かに嘆息した。


「おじいちゃんは大丈夫。薬を飲んで落ち着いたから」

「薬……病気なの?」


 母は屈んで、鵯と目線を合わせた。


「おじいちゃんはそのことで家に来たの。自分のお家じゃなくて、こっちにいた方がいいんじゃないかってお母さんとお父さんで言って……」

「病気なのに、病院に行かなくていいの?」

「そうね、そうなんだけど……」


 母は床に目を落とし、小さくぼやくようにしてうめいた。

 猛烈に湧きあがる嫌な予感に、詰め寄るようにして言い募る。


「病気なら病院に行かないとダメだよね?」

「おじいちゃんがそれが嫌だって言うのよ」

「でも、行かないと治らないんじゃ……」

「治らないの」


 母の言葉が、ナイフのように鵯の胸に刺さった。

 唐突に母の話の結論が見えてしまった。震える声で、その結論を口にする。


「おじいちゃん、死ぬの?」


 呆然と訊ねる鵯の目を覗き込んで、母は言い含めるように言う。


「鵯はもう六年生よね。だったらもうわかると思うけど、人はいつか死ぬの」

「そんなこと訊いてない」


 食い気味にして声を荒らげる。普段ならこんな口の利き方をすれば怒る母だが、今は沈んだ表情を浮かべるだけだ。

 心臓の鼓動が高鳴っている。こんなに動揺するなんて、鵯にとっては未知の感覚と言えた。

 母は鵯の両肩に手を置いて、辛抱強く説いてくる。


「お医者さんが言うにはね、半年はもたないだろうって」

「半年?」


 あまりにも短い時間に、更にショックを受けた。鵯が中学生になるぐらいまでの時間しかないということになる。


「おじいちゃんは、鵯たちには言わないようにって言ってたんだけど……とりあえず鶫や鳰には言わないでいてね」

「っ!」


 母の腕を振りほどくようにして、部屋を飛び出す。後ろから母が呼ぶ声が聞こえてきたが、無視して祖父の部屋を目指した。

 祖父のいる部屋に入ると、祖父はベッドに横たわっていた。小さい寝息を立てて、静かに眠っている。


「おじいちゃん……」


 祖父はただ寝ているだけだったが、どうしてだか直観的にわかった。

 祖父は死に瀕している。母の言った半年というのが楽観的なのではないかと思えるほど、はっきりと感じた。

 身体が少し小さく見えた。痩せたと言っていたが、病気が祖父の身体を蝕んでいたのだと今ならわかってしまう。

 鵯はふらふらと部屋を出た。ちょうど母も来て、鵯を支える。


「鵯……」

「病気が治れば、おじいちゃんは治るよね」

「……そうだけど、もう治らないの」

「治せばいいだけだもんね」


 繰り返す鵯を母は心配そうに見つめる。その視線を無視して、自分の部屋に戻る。

 一人になって、アヘルに声をかけた。


「アヘル、願いの力でおじいちゃんの病気を治す!」

「できないよ」

「どうして!」

「願いの力、ないもん」

「あ……」


 思い当って、呆然とする。

 鵯は願いの力を溜めていない。手に入る片っ端から、「周囲の人間の幸福」という形で願いを使用している。どういう風に作用しているのかは鵯にもよくわかっていなかったが、きっと良い形のはずだと思ってる。

 だから願いの力が残っているわけはないのだが、動転して頭から抜けていた。


「怪物を斃さないと。出たって言ったのに」

「――っ!」


 すぐさまに変身して、窓から飛び出す。


「どこ!?」

「あっちだけど、もう……」


 最後まで聞かずに空を走る。

 先ほど怪物の出現を知らされた鵯だったが、祖父のことでそれどころではないと無視した。アヘルは説得しようしたが、行きたくないと繰り返す鵯にすぐに諦めたようだったが。

 できうる限り全力で飛行し、すぐに現場に到着する。

 が。


「……怪物、は」

「もう消えちゃったみたい」


 残念そうにアヘルが答える。

 公園だった。通学路からは外れた小さい公園で、見た覚えはあるような気はするが中で遊んだことはないはずだ。

 その公園が、破壊されていた。

 わずかしかない遊具が歪み、小さいものはひしゃげて転がっている。細い木は横倒しになっていて、台風でも通り過ぎたかのようだった。

 逃げたのだろう、周囲には誰の姿もない。そのことにほっとして、しかしすぐに顔を歪めた。


「怪物がいなくなったってことは、願いの力を溜められない……」

「そうだね。関係もないけど」

「なにが?」

「人の病気を願いの力で治すなんてことは普通にはできないよ」

「なんで?」


 鵯の疑問に、アヘルは呆れたような表情を向けてきた。


「説明したでしょ。願いの力で他人をどうこうするにはとんでもない量が必要になるって」

「じゃあ何体斃せばいいの!?」

「見当もつかないよ。百か、千か……」


 途方もない数だ。鵯がこれまで斃した怪物は十にも満たない。百もの怪物を斃そうとすれば、どれだけの時間がかかるのかわかったものではない。

 だが、祖父を治すのならその無茶をやり通す以外にはない。


「……アヘル、この街以外に怪物が出てもわかる?」

「どうして?」

「怪物をたくさん斃さないと……」

「そんなの現実的じゃない。よその魔法少女とぶつかつかもしれないし、止めた方がいい」

「だったら、おじいちゃんに死ねっていうの!?」


 掴みかかるようにして怒鳴り声をあげる。

 息を荒らげる鵯に、アヘルは少し困ったようにして鵯に答えた。


「そうだね」

「アヘル……!」

「だって、人は必ず死ぬから。それはヒヨだってわかってるでしょ?」

「そうだけど、それとこれとは」

「多分同じだよ。今からヒヨが言われたくないと思うことを言うね」

「……?」


 アヘルの言いたいことがわからずに、眉をひそめて心持ち後ろに下がる。別にアヘルを警戒するわけではないのだが、どうしてだが嫌な予感がした。

 アヘルは、いつもの姉ぶった口調で突きつけた。


「ヒヨは言うほどみんなの幸せは望んでいないと思う。もっと考えなさい」

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