22話 鹿沼鵯⑥

 家に戻り、自室に向かう廊下の途中で何か騒がしい声が聞こえた。

 兄の部屋だった。誰かと話しているというわけではなく、一人で騒いでいるようだ。

 うるさいなと思ったが、何をしているのだろうと気になってドアを開けてみる。パソコンの画面を食い入るように見ていた兄が、弾かれたように鵯を見た。


「なにやってるの?」

「いきなり開けるなよ、びっくりするだろ」


 兄は文句を言いつつも鵯に手招きをした。どうやらパソコンでなにかを見ているようだったが。

 鵯は素直にパソコンの画面を覗いた。一時停止されていた動画を、兄がクリックして再生させる。

 テレビの映像のようだった。ニュース映像が流れる中、なんでこんなものを見せるのかわからずに兄に訊ねる。


「なにこれ?」

「いいから黙って見てろって」


 言い方に少しむっとしたものの、大人しく画面に目を戻す。

 旅客機が墜落したというニュースのようだった。特に関心なく見ていた鵯の耳に、聞き逃せない単語が入ってきた。


『魔法少女が――』

「え?」


 つい意識を画面を集中させる。

 魔法少女が、怪物ごと旅客機を撃墜させたというニュースだった。どうしてそんなことが、と普段特に見ることのないニュースを真剣に聞き入る。内容としては最初に見た通りで、逆に言えばそれ以上の情報はないようだった。

 乗客の生存が絶望的というコメントで締めくくられ、鵯の胸が痛痒を感じる。

 が、それがどうしたというのだろうか。

 疑問に兄を見やる。兄は興奮しているような、なんだか嫌な感じの表情をしていた。

 それを見て、急激に気持ちが冷え込んできた。


「もういい?」

「ん? もういいのか。他にも動画があるみたいだけど……」

「どうでもいい」


 手応えのなさからか戸惑ったような兄を置いて部屋を出る。

 自室に戻ると、アヘルが慌てて言ってきた。


「ヒヨ、今の……」

「え、うん。大変だね」

「そうじゃなくて……もしかしたら、グレンたちの仕業かもしれない」

「どうしてそんなことするの?」

「それは……」


 口をつぐませるアヘルから視線を逸らして、窓の向こうを見つめる。

 グレンたちが色々なことの原因であることは聞いている。だが実際に会ったわけでもない鵯には敵であるという実感はあまりなかった。鵯にとっての敵は、実際に戦闘を行う怪物だ。

 だから、旅客機を墜落させたのがどっちの魔法少女だろうとそのことには関心はなかった。たくさんの人が死んだことは悲劇で、それを思うとさすがに気持ちが沈むのだが。

 ふと思う。自分なら、どうにかできただろうか。

 乗客全員に幸運をかけて……いや、鵯の固有魔法は運をよくするだけだ。旅客機の墜落は、運でどうこうなるものではない。

 鵯のスピードを生かして、乗客を運んで……考えるまでもなく無理だ。

 他に何か方法がないか考える。少しして、結論を出す。


(無理か)


 まあいいやとベッドに横になる。そうすると、夕のことがどうしても頭に浮かんでくる。

 最近の夕はやっぱり変だ。鵯は思った通りに答えただけなのに、あんな態度をとることはないだろう。

 妙にむしゃくしゃする。あまりそういう気持ちになることはない。鵯はいつも元気に走り、嫌な気持ちを引きずることなど滅多にない。

 夕のせいだ、とも思う。他の人なら、こんな気持ちになることもないのに。


(寝よ)


 全てを投げて、さっさと寝ることにする。

 面倒くさいことなんて、何も考えたくない。

 みんなが普通に幸せになれるなら、それでいいのに。


☆☆☆


 翌日、学校は大騒ぎになっていた。

 なにかあったのかなと思うが、むしゃくしゃした気持ちがまだ続いていた鵯はとりあえず席についた。

 鵯の隣の席で、女子数人が固まって話をしている。そのおかげで、話している内容が自然に耳に入った。


「魔法少女が――」

「魔法少女の話してるの?」


 近くで話しているクラスの女子に反射的に声をかける。女子たちはえ? と怪訝な顔を鵯に向けた。

 そういえば話したことがない相手だったが、まあ大丈夫だろうと問いを重ねる。


「魔法少女って言ってなかった?」

「言ったけど……」

「魔法少女がどうかしたの?」

「いや、昨日のニュース見てないの?」

「ニュース……飛行機のやつ?」


 そうそう、と女子たちが頷く。

 女子の一人が、鵯を覗き込むようにして言い募る。


「今魔法少女って言ったらその話しかないでしょ。SNSとか見てないの?」

「ボク、スマホ持ってないもん」


 スマートフォンも、パソコンも持っていない。鵯は機械オンチで、克服する気もないのでそのままになっている。親にねだったこともない。スマートフォンなどがなくても、困ったことなど一度もなかった。

 女子は不思議な生き物でも見るような目でやや引いていた。ささくれたった心が刺激されるようで、それでも我慢する。


「と、とにかくそういうことなんだよ。もういい?」

「うん。ありがとう」


 女子たちはそさくさと鵯から離れていく。なんとなく見ていると、その視線に気づいて教室の外にまで行ってしまった。

 なんだかな、と思いながら頬杖をつく。

 耳を傍立てるまでもなく、魔法少女の話で持ちきりなのは伝わってきた。あれだけのことだったのだから騒ぐのも理解できる。けれど、どうしてだか無性にイライラしてしまう。

 なににイライラしているのか、自分でもよくわからない。感情に振り回される感覚がひどく不愉快で、今すぐ帰ろうかとすら思う。

 教室に夕が入ってきた。つい視線を向けると、目が合った。


「……っ」


 夕は気まずそうに目を逸らして、他の男子の輪に入って話し出した。

 イライラが一瞬で最大にまで達した。いっそぶん殴ってやろうかと夕を睨み続ける。

 夕はまったく鵯のことを見ることがないまま、チャイムが鳴った。

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