20話 鹿沼鵯④

「トカゲ……?」


 それを目の前にして、鵯は首を傾げた。

 二本足で直立しているその怪物は、竜のような頭をしていた。翼もあり、胴体と同じほどの太さの尾を威勢よく振っている。全長は三メートルほどだろうか。

 怪物は巨大なかぎ爪を振り上げて、鵯に向かって突進してきた。

 軽く地面を蹴って空中に躍り出る。かぎ爪を空振りさせた怪物がけたたましく吠えた。


「うるさいなぁ」


 呑気につぶやいて、少し高度を上げる。

 と、怪物も地面を蹴りだし跳躍した、ばね仕掛けのような予兆のない動きに、さすがに慌てて魔力を展開する。

 怪物のかぎ爪が鵯の生み出した魔力に遮られた。鵯の背中から左右に、それぞれが鵯の身体ほどある大きさの翼の形をした魔力が形成されている。それが鵯の身体を包むようにして、かぎ爪から守ったのだ。

 攻撃を防がれた怪物は落下――しなかった。空中の何もないところに着地するような動きをして、鵯を見上げてうなり声をあげる。


「キミも飛ぶんだね――うーん、違うのかな」


 羽を広げて独りごちる。もちろん怪物が応えるわけもないが。

 鵯は魔力で作った翼を威嚇するように大きく羽ばたかせた。もちろんこの翼に飛ぶ機能はない。それでも鵯は飛び続けるのに必要かのように翼を動かし続ける。

 ただ飛ぶだけなら必要ない魔力の翼も、こうして動かしているとまるで鳥になったように思える。つまりは気分だ。この翼があると、戦いに没頭できる。

 それに、攻撃にも防御にも使うことができる。

 怪物が空中を足場に再度躍りかかってきた。

 左の翼でかぎ爪を受け止めて、右の翼で怪物の腹を打撃する。怪物は地面に吹き飛び、アスファルトに激突した。しかしすぐに起き上がり、凶暴な面相を鵯に向ける。

 あまり効いていないようだ。怪物によって耐久力に差があるのことはこれまでの戦いでわかってはいたが、今回の怪物はかなり硬めのようだ。

 鵯の周囲に鳥が現れる。一羽、二羽、すぐに何十羽にもなった。

 鵯が魔力を武器化したものだ。今回は隼をモデルにした。毎回違う鳥をモデルに作るのだが、アヘルには違いが判らないと不評だ。まあそれはどうでもいい。

 魔力の鳥を一斉に撃ち放つ。真っすぐに飛んでいき、怪物を打ち据える――

 前に、怪物が反転した。尾を大きく振り、魔力の鳥が一撃で砕いていく。

 かぎ爪と、尾。怪物の武器を確認して、どうしようかなと思考を巡らせる。半端な攻撃は通じそうにもない。

 鵯が戦っているのは、小さい川に沿った細い車道だった。ほとんど人通りもなく、たまに車とジョギングする人がいる程度の道だ。鵯が駆け付けた時にも誰も周囲に人はいなかった。というか、怪物は暴れることもなく車道をふさぐかのように落ち着いて座ってすらいた。鵯が来たことに反応して、戦闘に入ったのだったが。

 今度は魔力を込めて強度を上げた鳥(隼)を射出する。怪物のかぎ爪が迎え撃ち、わずかに抵抗をみせたものの鳥の弾丸は切り裂かれて失せた。


「どうしよっかな」


 呑気につぶやく鵯。普通に攻撃しても効果はなさそうだ。

 怪物のかぎ爪が鵯を襲う。鵯は慌てずに空中を滑るようにして躱す。とりあえずなんか攻撃をしようかと思っていると、


「あ」


 空中を足場にした怪物が身体を反転。巨大な尾がうなりをあげて鵯に向かう。

 地上ならなすすべもなく食らっていただろう。だが、空中は鵯の領域だ。

 身体を回転させて尾に向かって飛ぶ。激しくすれ違い、回転の勢いを使い魔力の翼で怪物を叩く。

 ついでに距離を開ける。怪物は激しく吠えたてて、尾をぶんぶんと振った。ダメージがあったというよりいら立っているかのような反応だ。

 やはり、このままでは埒が明かなそうだ。


「どうするの?」


 アヘルの問いに、鵯は少しだけ考えた。


「なんとかなるよ。ボクは運が良いんだから」


 気負わずに答えて、空中を歩くように怪物に接近する。

 怪物は向かえ撃つとばかりに鋭い声をあげた。

 魔力の鳥を生成する。数十羽に達したそれをまとうように、怪物との距離を詰めていく。

 怪物がかぎ爪を振り上げたのを見て、魔力の鳥を適当に発射しながら一息に怪物のふところにもぐりこんだ。

 怪物を間近にして気づく。鱗で身体が覆われている。これのせいで、鵯の攻撃が通らないのだろう。

 怪物に密着しながらくるりと回っていく。尾やかぎ爪はこうすればほとんど意味はない。

 不意に、怪物が姿を消した。いや、地面に向かって落下していく。視線で追うと、怪物の鋭い目が喜びに歪んでいるのが見えた。

 尾の攻撃が来ている。見えてはいないし、感じているわけではない。ただ理屈としてそうしているだろうと鵯は信じた。自分ならこのタイミングで不可視の一撃を叩きこむ。

 動かない限りは尾が鵯を叩きのめす。だから、鵯は飛んだ。運に任せて、方向すら意識せずに反射だけで。

 結果として、尾は鵯のそばを通り過ぎるに終わった。風を切る轟音を聞きながら、怪物を見据える。怪物は少し下の空中を足場にしていた。尾と合わせて回転している怪物は、鵯の姿が見えていない。

 残っている魔力の鳥を適当に撃ち込む。とにかく生成し、特に狙いもつけずに怪物にぶつけ続ける。

 怪物が叫び声をあげた。明らかな苦悶を聞き取って、手応えを確信する。

 魔力の鳥を撃ち込まれながらも、怪物はぐっと力を溜めて鵯を見上げた。鵯は魔力の鳥を大きく展開し、正面からではなく包むように広い範囲で怪物を撃つ。

 怪物が急速に接近する。苦悶の絶叫をあげながらかぎ爪を振り上げ、鵯を引き裂こうと迫ってくる。

 鵯は動かなかった。迫りくる死の気配は、鵯にいささかの影響も与えない。

 魔力の鳥を撃ち込まれながら飛び掛かってきた怪物は、鵯にかぎ爪を届かせようとした寸前にその動きを止めた。

 怪物の身体がぐらりと傾き、地面に落下していく。無表情でそれを眺めて、ゆっくりと地面に下りていった。

 地面に激突した怪物は、力なく身体を起こした。その瞳にはまだ力があり、鵯を睨みつけている。


「しぶといな」


 つぶやく鵯の目は、怪物のあるものをとらえていた。肉眼では見えてはいなかったが、そこにあることは確信できた。

 怪物のうなじだ。魔力の鳥がそこに当たったことで硬い怪物にもダメージを与えることができていた。そこが、この怪物の弱点ということだろう。

 弱点はわかった以上あとはそこを突くだけだ。

 魔力の鳥を生成し始めた鵯は不意に怪物の向こうに人影を見た。


「え?」


 鵯のつぶやきで気づいたかのように、怪物もそちらをぐるりと向いた。


「うわ、こっち見た!」

「逃げろ!」


 低学年ぐらいの小学生男子が三人かたまっていた。たまたまなのか、騒ぎを聞きつけたのか、とにかくかなり近いところにいる。

 怪物はどうするだろうか。男子たちを狙う?


「ヒヨ!」


 アヘルの声より速く、鵯は飛んでいた。

 怪物は男子たちの方を見ている。つまり、弱点であるうなじも露出しているということだ。

 瞬く間に距離を詰め、すれ違いざまに体をひねり魔力の翼でうなじを裂く。

 そのまま反転、男子たちの前で空中に制止する。

 正面になった怪物の顔が、驚愕を映しているように見えた。怪物はぐらりと巨体を傾け、地面に倒れ伏す。

 身体の端がほどけるように霧散していくのを確認して、戦いが終わったことを悟った。

 男子たちは無事かと振り返ると、既に遠くに走り去っていくのが見えた。あれなら怪我もなさそうだと吐息する。

 傍らのアヘルは、難しい顔で鵯のことを見ていた。怪我人もなくうまく斃したと自分では思うのだが、それでも不満なのだろうか。

 アヘルが何か言うより先に認識阻害を深く入れて宣言した。


「終わったね、帰ろうか」

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