14話 桐生苗⑦
翌日、朝食を食べるとすぐに家を出た。
変身して、空中に飛び出す。勢いがついて変に高くまでいってしまったが、なんとか姿勢を立て直して空中に静止する。
「ととっ……」
「で、どうするんだい?」
「うん、隣の県に魔法少女がいることはわかってるんだ」
「そうだね」
リーフマンが頷く。魔法少女と怪物が戦えば報道やネット上に情報が出てくるので、おおむねの見当はつく。別のところから来ている可能性もゼロではないが、それは考えてもしょうがないので無視するしかない。
「魔法少女なら訓練しているだろうから、それっぽい場所をあたれば行き当たると思うんだ」
「……それだけ?」
「行き当たるっていうか、来る前にこっちが着いて待ち伏せられたらいいな。そうすれば危険な相手かどうかはわかりそうだし」
苗のつけ足しに、リーフマンは眉根を寄せてうめいた。
「それで本当に見つかるのかい?」
「なにも今日一発で見つかるなんて思っていないよ。何度も色んなところをあたることにはなるだろうけど、それは覚悟してる」
「ボクはしてない」
「決めたでしょ。リーフマンもそのつもりでいて」
リーフマンはまだ何か言いたそうにしてたが、諦めたように吐息した。
苗だって、上等な考えと思っているわけではない。危険はあるし、実際は手当たり次第に探すと言ってるのと変わりはない。けれど、これは確実に先へ進む一歩だ。
「行くよ」
「ああ」
リーフマンの返事と同時、空中を蹴りだすようにして飛行する。
最初は戸惑ったスピードも、今ではすっかり慣れたものだった。自分の飛行が基準になりつつあり、家族での外出で車に乗っていても「遅いなぁ」と思うようにすらなってしまった。
コントロールはまったく上達しない。それなのに、飛行の速度はなぜだか速くなってきていた。そのせいで余計制御に苦労するようになってしまっているので、ありがたいかというと微妙だったのだが。
今の苗の速度なら、県を跨ぐほどの移動でもそれほど時間をかけないで行ける。現に一時間と少しぐらいで目的地にたどり着いた。
「ここかい?」
「うん、まずはね」
最初の場所として選んだのは山だった。このあたりでは目立つ山で、登山客もいるようだった。
移動時は認識阻害を深く入れられるので問題ないが、訓練で魔力を使うとそうはいかない。人が入ってこない場所を選ぶ必要があるはずだ。魔法少女なら山の奥に入っていっても飛行で安全に出入りができる。
苗は頂上まで一息に移動し、慎重に地面に降りた。見晴らしのいい場所に移動し、周囲を見渡す。
「リーフマンもしっかり見ていてね」
「ああ……」
リーフマンの返事からは、押し殺したであろう文句が雄弁に伝わってきた。
口論せずに済んだことに内心で感謝して、遠くに視線を送る。同じ魔法少女なら、認識阻害があろうが飛行で山に近づいてくる魔法少女を発見することができる。
苗が飛行してきたのを見られていた可能性もある。その場合向こうは避けるか接触してくるかの二択になるだろう。なるべく朝早くに来てみたが、避けられれば手立てはなくなってしまう。できれば夜から張りたかったのだが、小学生の身の上では難しい。
熱くなっていて、細かいところを詰めないまま行動している自覚はあった。行動は大事だが、結果がともなわなければどうにもならない。
リーフマンにも言ったが、今日の一回で成果が出るとは思っていない。やり方を都度変えながら繰り返すしかないだろう。
(ここで見つけたいけど……ダメそうなら他のところの魔法少女も候補にいれたいな)
考えながらも、見渡す目は鋭いままだ。見逃してしまうようなことがあれば目も当てられない。
時折目を揉んだりして、姿勢も変える。
「いつまでここにいるんだい?」
「夕方ぐらいまでかな」
「食事は?」
「大丈夫、パンを持ってきてるから……リーフマン、あれ!」
会話の途中で見えたものを指さして示す。
苗が見ていた方向の正面、かなり先だが山に向かってくる飛行体があった。遠くでは鳥かなにかに見えないこともないが、近づいてくるにつれてそうではないことがはっきりと知覚できた。
間違いなく魔法少女だ。
「本当に見つかるなんて……」
呆れたような感心したようなリーフマンに対して、苗は別のことを考えていた。
飛行している魔法少女の速度は、苗のそれと比べて随分と遅い。本気ではないのかもしれないが、それにしても控えめにみえた。これなら、なにかあった場合逃げ切ることができそうだ。
魔法少女は迷うことなく山の中に入っていった。木々に覆われて、魔法少女の姿が見えなくなる。
「よし、行こう」
速度を弱めた飛行で、山を下りていく。向こうから発見されないために、苗も木々に紛れて移動するしかない。
固有魔法を弱めに発動させ、自身の身体をコントロールする。何度もぶつかりそうになりながらも、目的の方向を進んでいった。
「この辺りだと思うけど……」
地面に着地して歩いていく。道になっていないのでかなり歩きにくく、邪魔な枝葉を手でどかしていく。
苗の耳に、人の話し声らしきものが聞こえてきた。無言でリーフマンと頷き合って、そちらの方へ歩く。
次第に声がはっきりと聞こえてきた。
「こんなこと続けても意味なくない?」
「やらないと鈍る一方だよ」
疑問そうな少女の声に、軽そうな女性の声だ。
より慎重に、音を立てないように進んでいく。いるのがバレて逃げられでもしたら苗のコントロールでは追いかけることはできない。
「もう魔法少女なんてやっても……」
「こんなのいつまでも続かないよ。また戦うってなったときに鍛え直す方がダルくない?」
どうやら魔法少女を相棒が宥めているようだ。
(やる気をなくしている方の魔法少女……グレン側ではないかな)
決めつけることはできないが。気を付けて向こうを覗くと、一人の少女とその傍に金色のハリネズミが浮いていた。
少女はハリネズミに向かって頬を膨らませてうめいた。
「サリトスは楽観的過ぎるよ」
「そんなこと言っても、彩希だってちゃんと来てるわけだし」
静かにリーフマンが苗の耳元まで飛んできて囁いた。
「サリトスなら顔馴染みだ。敵じゃない」
「仲良しなの?」
「仲良しというか……」
口を濁すリーフマンを横目で見て眉をひそめる。まあ、敵じゃないのならいいだろう。
あとはどう接触するかだが、変にひねっても仕方ないと真っすぐに行くことにする。
「こんにちわ」
片手をあげながら出ていく苗に、彩希と呼ばれていた少女とサリトスはこちらを見て硬直した。
彩希は苗と同じぐらい年に見えた。苗と同じようなショートヘアで、身長は苗よりは少し低いだろうか。少しだぶついたパーカーを羽織っていて、ぱっと見はおさがりなのかと思えた。
彩希はその大きな目を見開いていたが、きゅっと表情を引き締めた。苗は慌てて制止するように両手を突き出して叫んだ。
「私たちは敵じゃない!」
「彩希、いいから逃げるよ!」
サリトスが彩希を強く促す。どうすべきかの対応に迷っていると、リーフマンが声を上げた。
「サリトス!」
サリトスがぴたりと止まって、ぎこちなくこちらを向いた。こちらというか、リーフマンをだ。サリトスが止まったことで彩希も戸惑ったようにおろおろしている。
「サリトス、ボクだ。リーフマンだ」
「リーフマン……?」
確認するようにつぶやくサリトスに、リーフマンはこくりと頷いた。
「うっわ、マジで!? ちょー久しぶりじゃん!」
サリトスははしゃいだ声とともに近寄ってきた。リーフマンの周りとぐるぐると回って、鼻先で止まる。
「え、何、どうしたの?」
「キミたちに会いに来たんだ」
「えー、あたしに会いたかったんだぁ?」
「ボクじゃなくて、魔法少女の方がだ。そっちの魔法少女と話したいらしい」
「魔法少女が?」
サリトスはくるりと苗に向き直って首を傾げた。すぐに投げるように手を振ってきた。
「なんだそうなの? 話したらいいよ。あたしはリーフマンとお喋りするから。ね、いいでしょリーフマン」
「……ああ」
何かを堪えるように頷くリーフマンになんとなく申し訳ない気持ちになる。が、それを押さえて軽い会釈だけ送って、彩希の方に歩み寄った。
彩希は恨めしそうな視線をサリトスに向けていたが、すぐに同じ視線を苗にも向けてきた。相当に警戒しているのが伝わってくる。
あまり近づきすぎるのもよくないかと、ある程度の距離で止まる。両手を広げてにこやかに笑いかけた。
「私は桐生苗。あなたは?」
「……本間彩希」
「彩希かぁ。どんな字を書くの?」
「色彩の彩に、希望の希」
よく訊かれるのだろうか、彩希はすらすらと答えてきた。
「そうなんだ、キレイな名前だね」
苗がそういうと、彩希の表情が少しだけ緩んだ。恥ずかしがるように目を伏せている。
「ね、もう少しそっちに行っていい? その方が話しやすいと思うし」
「……いいよ」
前向きな返事に内心で胸を撫で下ろして、ゆっくりと近づく。彩希は目を伏せたまま、傍らの岩を示した。
「そこ座って。彩がいつも椅子にしてるの」
「わかった、ありがとう」
恐らく彩希が加工したのだろうと思われる岩だった。座りやすそうで、草で作った座布団のようなものすらある。苗と彩希の二人どころか、何人かは座れそうなサイズだ。
苗が腰かけると、彩希は躊躇いがちに隣に座ってきた。それでも間の距離はしっかりと空けているが。
警戒心を解こうと、苗はできるだけ穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「彩希って呼んでいい?」
「好きにすれば」
「うん、彩希。私のことは苗でいいから」
「苗……」
確認するようにつぶやいて、胡散臭そうな視線だけを向けてくる。
敵視というよりは、人見知りからくるものではないかと推測する。苗は今まで色々な子の相談に乗ってきた。その中にはこんな風にぶっきらぼうな子もいて、慣れてはいる。
「彩希は何年生なの?」
「小学六年生」
「そうなんだ、一緒だね」
微笑みかけると、彩希は小さく頷いた。
視線を彩希から外して、リーフマンたちの方を見る。二人とも浮きながら話しているが、さすがに内容まではわからない。リーフマンの羽がぱたぱた動いているので、感情を動かされてはいるようだ。良い意味かどうかは知らないが。
「ハリネズミって可愛いね」
「そう? そっちの犬の方が可愛いよ」
「犬好きなの?」
「うん。うちでも飼ってるから」
「へえ、なんて名前なの?」
「ナナ」
「可愛い名前だね、彩希がつけたの?」
「そうだよ」
彩希は得意そうに肯定すると、ポケットからスマートフォンを取り出した。少し操作して、画面を苗に見せてきた。真っ白なポメラニアンを見て、苗は歓声を上げた。
「わぁ、可愛い! ほかの写真も見せてよ」
苗の催促に気をよくしたらしい彩希は次々と写真を見せてくれた。苗はその一つ一つにはしゃいで、ナナという犬の可愛さを褒め続けた。
十枚ほど見せたあたりで、彩希はふと我に返ったように訊ねてきた。
「そういえな、何か用があって彩に会いに来たんじゃないの?」
「ああ、うん。そうなんだ。楽しくてちょっと忘れてた」
くすりと苦笑いを浮かべる。もちろんまったく忘れてなどいない。頃合いを見計らって話を切り出すつもりだったのだが、向こうから言ってくれたのは好都合だ。
姿勢を正して、彩希の目を覗く。彩希はかすかに怯んだようだが、話を聞いてくれる体勢ではあった。
「旅客機のことがあったじゃない?」
「……それがどうかしたの?」
「あれ以来、魔法少女を悪く言ってる人がいるのは知ってる?」
彩希は唇を引き結んでかすかに顎を引いた。彩希の周囲でも、苗のクラスと同じような話題が出ているに違いない。
無意識のうちに拳を握っていた。続ける。
「それのせいなのかはわからないけど、怪物が出てきても戦っていない魔法少女もいる。でも私は、それはおかしいと思う」
「どうして?」
「旅客機のことは当の魔法少女が責任を負うべきもので、他の魔法少女には関係ない。私たちが怪物を斃さなかったらどうするの? 怪物は勝手に消えるけど、その間に被害が出ないなんて誰にも言えない。だから、魔法少女は戦うべきだと私は思う」
「…………」
「私は仲間を探しに来たの。魔法少女たちで仲間を作って戦えば、他の魔法少女も勇気づけられると思うんだ。グレンたちとも渡り合えるようにもなる。彩希も……」
「馬鹿じゃないの?」
苗の言葉を遮って、彩希の冷徹な言葉が飛んだ。
苗は絶句して、侮蔑の眼差しを浮かべる彩希を見返す。
「魔法少女なんてもう終わり。あんなことがあって、あんな風に言われているのに続けられるわけがないよ」
「でも……」
「怪物が出るならなに? どうせ人を襲いもしない。もし彩たちが魔法少女だってバレたらどうなるか考えたことある?」
「これまでだってバレてないのに、どうして急にバレると思うの?」
「今どうなってるかわかってないの? みんな魔法少女の正体探しに躍起になってる。怪物が出た時に一人だけ連絡できなくなってたらそれだけでバレちゃうかもしれないんだよ」
「それでも、魔法少女は戦うべきだよ」
「なんで?」
侮蔑を隠さない彩希の目を見据えて、告げる。
「それが正しいことだから」
「…………」
彩希ははっきりと呆れた表情で黙り込んだ。苗は内心で歯噛みして、彩希の言葉を待つ。
彩希はかぶりを振って、スマートフォンをポケットに仕舞って立ち上がった。
「付き合ってられない、バカみたい」
「待って!」
去ろうとする彩希の腕をつかむ。彩希は心底迷惑そうな顔つきで振り返った。
「彩希だってここに訓練しにきてるんでしょ? 魔法少女をやめるつもりはないからじゃないの?」
「彩だってやりたくないよ。サリトスがやろうっていうから……」
「怪物が出たらどうするの? 行かないつもり?」
「行かないよ、当たり前じゃん」
「それでいいの?」
彩希はたじろいだように視線を逸らした。が、彩希の答えは変わらなかった。
「別にいいよ。勝手に消えるもん」
「でも……」
「いいから離して!」
彩希が吼えた。その勢いに圧されて、掴んだ手を離す。
彩希は目を合わせないまま興奮した様子でまくしたてる。
「なんでそんなこと彩に言うの? もううんざりなの。そんなに魔法少女をやりたかったらあんたが全部やりなよ!」
「…………」
「サリトス!」
彩希の呼びかけに、サリトスがふわふわと戻ってきた。
「話は終わったの?」
「終わった、もう帰るよ」
「そ」
サリトスは軽く返事をして、ちらりと苗を見た。これ以上話すのは無理だろうと、サリトスに頷きを返す。
彩希はこちらを見ないまま、真上に飛行していった。木々を抜けて、すぐに見えなくなる。
呆然とへたり込んでいると、リーフマンがゆっくりと近寄ってくるのが見えた。力なくリーフマンを見やると、いつもの淡々とした口調で訊いてきた。
「話し合いはどうだったんだい?」
「見たらわかるでしょ……」
失意から荒い口調になってしまった。すぐに言い直す。
「全然ダメだったよ。わかってもらえなかった」
「そうか」
無感動なリーフマンに、そういえばと訊ねる。
「リーフマンの方は何を話してたの?」
「別に何も」
「何もってことはないでしょ。同じユービス出身で、仲良さそうだったし積もる話とかあったんじゃない?」
「……そうだね、ユービスの話をしてたよ。というか、向こうが喋ってるのを聞いてるだけだったけど」
どこか遠くを見るような眼差しのリーフマンには、どこかいつもと違うものを感じる。
「懐かしくなった?」
「うん?」
「友達と話して、帰りたくなったりしたかなって」
「……懐かしいのは確かだけど、帰ることはできないからね」
「そうだね、グレンたちのことは何も解決してないわけだし」
その足掛かりになるはずだった仲間探しは、一歩目から盛大に躓いてしまった。
「これからどうするんだい?」
「……どうしようね」
力なくうめく。彩希が悪いわけではない。実際に戦っていない魔法少女がいる以上、ああいう子がいることは予測はしていた。正しさがわかれば協力し合えると思っていたが、説得に失敗したのは自分の落ち度だと苗は考えていた。
だが、苗のやることは何も変わっていない。
「正しいことをするよ」
「そうか」
やはり無感動にリーフマンがつぶやく。それ以上は何も言わず、ただ遠くに視線を投げている。
なにかあると思ったわけではないが、視線を追った。どうってことはない、ただ山の中にいるというだけだ。
風が吹き抜け、木々がざわめいた。
まるで笑い声のようにも聞こえ、苗の心に冷たいものが駆け抜けた。
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