13話 桐生苗⑥
それから十日ほどが経った。
十日と一口に言っても、苗にとってはとても長く感じた十日だった。だったというと終わったようだが、今現在も長く感じている最中だ。
学校での昼休み、給食の時間も終えてクラスのグループで話をしていた時の話だった。
「魔法少女、出てこなくなったんだって?」
「マジ最悪だよね。何にも言わずにいなくなるとか無責任すぎるよ」
「いなくなったわけじゃないよ」
口をはさむと、その場の全員が不思議そうに苗を見た。
そのすべてを毅然と受け止めて、苗は言葉を返した。
「怪物がいないと出てくる理由はないから、必要がなければ出てこない」
「ここはそうかもしれないけど、他は違うじゃん」
反論に、苗は内心で歯噛みした。
旅客機を魔法少女が撃墜したことの影響は、リーフマンの楽観的な予想に反して大きく広がっていた。
インターネット上どころではなく、連日テレビでも特集が組まれていてこの話題を聞かない日はない有り様だった。当人ですらない苗ですら、魔法少女への強いバッシングにひどく追い込まれる心地を味わった。
魔法少女は正体を晒し、説明するべき。
そんな論調が広まり、呼びかけも幅広く行われた。もちろん誰も応じなかった。旅客機を撃墜した、当の本人さえも。
更に決定的だったのは、ある地域で怪物が出たにも関わらず魔法少女が出てこなかったことだった。今までは魔法少女が活動していた地域だったが、旅客機の件の後で出てこなかったことで逃げたのだと批判された。
実際のところはわからない。たまたま怪物に対処できなかったということもありえる。他の魔法少女は知らないが、苗と同じように小学生だとしたら色々な都合があるだろう。苦しい擁護とはわかりつつも、苗としてはそう思いたかった。
しかし十日間で国内で確認された三体の怪物のうち、どれにも魔法少女は対処に現れなかった。怪物は暴れ続け自然消滅し、幸いにも人的被害は起こらなかった。
このことで、魔法少女に対する視線はますます厳しくなった。旅客機を撃墜した魔法少女だけではなく、すべての魔法少女を悪と定める過剰なまでのバッシングが起こっている。テレビなどはそこまで露骨ではないが、インターネットでは気分が悪くなるほどの悪意があふれかえっていた。
その影響は、苗の周囲でも顕著に表れていた。今まで楽しそうに魔法少女の話をしていた友人たちも、こぞって魔法少女の批判を口にするようになってしまった。
「ここの魔法少女だってわかったもんじゃないよね」
「出てこなかったりして」
「それは困るね」
危機感もなく笑う友人たちに苛立ち、反射的に言い返す。
「出てくるよ」
「なんでそんなことわかるの?」
「そうじゃないと、正しくない」
苗が力説すればするほど、場の空気は冷えていく。
それでも食いしばって苗は続ける。
「旅客機を堕とした魔法少女は他とは一切関係ない。だから魔法少女を一緒くたにして叩くのはおかしい。あなたたちの言ってることはおかしいよ」
「は? なにそれ、わたしたちが悪いってこと?」
「そうは言って……」
「もういいよ、苗。魔法少女の話やめるから」
「だから……」
もう誰も苗の話を聞いていなかった。思い思いに別の話に移り、軽く笑いあっている。
彼女たちにとっては単なる雑談だ。日常を消費するための、他愛のないテーマの一つに今日は魔法少女を使っただけ。
わかっていても、その軽薄さが許せなかった。正しさから目を背けていると憤りを感じた。
そしてなにより、正しさを証明できない自分自身が嫌だった。
☆☆☆
「ほんとにもう! ムカつくったらない!」
帰宅して自室に入るなり、ベッドのクッションを叩きつける。一度だけでは飽き足らず、何度も繰り返した。
疲れて手を止めると、それを待っていたかのようにリーフマンが声をかけてきた。
「平気かい?」
「平気なわけないでしょ!」
反射的に怒鳴るのだが、リーフマンの冷静な眼差しにとらえられて次第に意気がしぼんでいった。苛立ちだけが止まらず、暴れだしたい欲求をどうにかこらえる。
「……ごめん、八つ当たりだった」
「いや、構わないよ」
平気なようなリーフマンだが、羽が小刻みに動いている。実際はイラついているのだろう。申し訳ない気持ちもあるが、案外わかりやすいリーフマンを面白がる気持ちもあった。
状況はじわじわと悪くなってきている。好転する材料もみあたらず、打開策も何もない。
「どうすればいいかな」
「キミは気にしすぎなんじゃないのか」
「どういうこと?」
「状況は何も変わっていないということだ」
「そんなわけないでしょ。こんなことになって……」
「全体で見れば、一人の魔法少女が騒ぎを起こしたに過ぎない。怪物が発生することも、グレンたちのことも何も変わってはいないんだ」
リーフマンのいうことは、ある意味では正しい。魔法少女として事情をわかっている苗と世間では物の見え方が違う。いくら批判があろうと、他の魔法少女が戦わなくても、苗の行動がそれで変わるわけではない。
しかし、それでは納得できない。
「それは正しいけど、正しくない。みんながそうだとわかってくれないと、正しさに意味なんてなくなる」
「ふうむ……」
リーフマンは賛成するでも反対するでもなく、曖昧な相槌を打つだけだった。
イライラはおさまらない。それ以上話す気にはならずに、宿題にとりかかった。だが宿題にもまったく集中できず、何一つ進まないままに夕食の時間になった。
テレビのニュース番組では、政治家の不祥事について話されていた。魔法少女の話ではなくてほっとする。よくみるとは言っても、続報がないので少しずつ下火になっていくのかもしれない。
知らず知らずのうちに溜息を吐いていた。聞えよがしだったか、母が気にして言ってきた。
「なにかあったの?」
「なにか?」
つい喧嘩腰で返してしまい、いや、とかぶりを振る。
「ごめん。ちょっと、考えてて……」
「なにを?」
「……魔法少女のこと」
母は不思議なものを見るように小首を傾げた。
「あんた、そんなに魔法少女のことに関心があったの?」
「今どんなことになってるかわかってないの?」
「そりゃあ大変なことにはなってるけど、苗はあんまりそういうの感心持たないでしょ」
「とにかく、私は魔法少女が正しいと思ってる」
「なんの話?」
嫌味などではなく、本気でわからなかったらしい母が眉根を寄せる。
感情が先走ってしまった。呼吸を整えて、一から話をする。
「魔法少女へのバッシングがひどいでしょ?」
「そうみたいね」
他人事のような母の言い方に神経が逆撫でされたように感じられる。
「クラスでも魔法少女を責める人がいたりするわけなんだけど、私はそれはおかしいと思う」
「どうして?」
「旅客機を堕とした魔法少女本人は責任があるけれど、他の魔法少女を責め立てるのはどう考えても理屈に合わない」
「わからないんだけど、魔法少女って全員別々でつながってるわけじゃないの?」
「それ、は……わからないけど」
苗が魔法少女であることはさすがに話せない。冷や汗を流しながら、「とにかく」と強引に話を進める。
「正しいことをしている魔法少女も一緒にして悪いっていうのはおかしいことでしょ? 怪物を斃している魔法少女は正しいことをしているんだから」
「それで、クラスでもそう言ったの?」
「うん……」
「苗の話はわかってもらえたの?」
悔しさを顔に滲ませてかぶりを振る。友人たちの反応が、自分との温度差に、憤りがよみがえってくる。
母は軽く嘆息した。
「なんでわかってもらえなかったのかわかる?」
「……わからない。私は正しいのに」
「じゃあ、クラスの子たちが間違ってたの?」
「そうじゃない……と思う」
「思うって?」
「わかんないよ!」
両手でテーブルを叩いて声を荒らげる。すぐにはっとして、小さく謝りながら姿勢を正す。
母は箸を置いて完全に食事を止めた。腕を組んで天井を仰いで、
「苗が正しいってことにこだわるのは、あのことがあったから?」
「……そうだよ。正しさが認められないと、またあんなことが起こるから」
「苗」
強い調子で呼ばれて、睨むように母を見返す。
こればかりは、譲れない。正しさが為せない世界には、価値がないのだから。
「あんたにとって正しいことが他の人にとってもそうじゃないってわかってる?」
「それぐらいはわかってるよ」
「わかってない」
決めつけられてムッとするが、母は「いいから」とでも言いたげに手を振った。
「もうひとつ。誰もあんたのことを追い詰めようとは多分思ってないよ」
「……意味わかんない」
「わかんないなら考える。少しはそうしなさい」
「はい」
釈然としない心地で頷く。クラスでは裁判官と言われていても、親にはどうにも弱いところがある。特に母には、敵わないと思わされることも多い。
そのまま話は終わって、食事を再開する。みっともない八つ当たりをしただけで、何の解決の糸口にもなっていない。
やはり、同じ魔法少女でなければわからないのだろうか。
「……そうだ」
気付きにつぶやく。食事を終えると、すぐに自室に引き返した。
ベッドの上で毛繕いをしていた(たまにしている。毛が落ちるわけでもないので不気味だが)リーフマンがこっちを見るのと同時に苗は切り出した。
「明日、別の魔法少女に会いに行くから」
「何を言ってるんだい?」
「隣の県に一人、目星をつけてる」
「いつの間に……」
感心か呆れか、半々ほどでうめくリーフマンににやりと笑って見せる。こっそり集め続けていた情報は、今はそれなりに形になってきているのだ。
「危険だって言っただろう。認めないよ」
「リーフマンお願い。今私とちゃんと話せるのって、同じ魔法少女だけだと思うんだ」
「ダメだ」
にべもない拒否をするリーフマンに、怯まずに視線を強くする。
「止めても行くよ」
「ボクが許可しなければキミは変身もできない」
「だったら普通に歩いていくだけだよ」
「そうしたら死ぬぞ」
「そうとは決まってないし、そうなったらリーフマンも困るよね?」
黙って睨みつけるリーフマンに、好戦的に笑いかける。
「もう魔力が回復しないなら、魔法少女を作ることはもうできない。リーフマンは、私を守らなきゃね?」
「苗!!」
リーフマンの怒声にも怯まずに苗は続ける。
「お願いリーフマン。危険なのはわかってる。でもいつかは通らなきゃいけない道だよ。それに、私の飛行なら何かあっても逃げられると思わない?」
「…………」
リーフマンは沈黙して、苗に背を向けた。羽は小刻みに痙攣するように震えていて、リーフマンの激しい苛立ちを感じ取れた。
拳を握って、母の言葉を思い出す。
『わかんないなら考える。少しはそうしなさい』
考えると言っても、どうすればいいのかはまだわからない。だからまず、できることから行動していくしかない。
大きく溜息が聞こえた。リーフマンからだ。首を落として、疲れ切ったような印象を背中から受けた。
こちらに向き直ったリーフマンの表情はいつものものに戻っていた。
「キミはなんていうか……本当に頑固だね」
「知らなかった?」
苗の言葉にリーフマンは思わずと言った様子で笑い出した。
「知ってたつもりだったけどね。ボクの認識が甘かったようだ」
「そうだよ、ちゃんと覚えておいて」
苗の軽口に苦笑したリーフマンは、すぐに表情を引き締めた。
「危険であるのは事実だ、それだけは忘れないでくれ。ボクが撤退と言ったら逆らわずに撤退すること、いいかい?」
「わかった」
「じゃあ明日、その魔法少女に会いに行こうか」
その言葉を受けて、リーフマンの体を抱えてぎゅっと抱きしめた。
「な、なにをするんだ!」
「リーフマン大好き!」
「わかったから離してくれ!」
悲鳴を上げるリーフマンを解放すると、これまでにないほどに激しく羽を羽ばたかせた。
「照れてる?」
「怒ってるんだ!」
「そっか、ごめんね」
軽く謝るが、リーフマンは割と本当に怒っているようで、羽を激しく動かしたままだった。それでも先ほどのような怒気を感じるものではなく、微笑ましい気持ちでリーフマンに手を伸ばす。
リーフマンはすいっと苗の手を避けて天井まで浮遊していった。
届かなくなったリーフマンを見上げて告げる。
「ありがとう、リーフマン」
「……ああ」
不承不承といった風に、リーフマンが応じる。
旅客機の件以来、初めて笑えた気がする。ここから、正しさを為していけると強く感じていた。
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