12話 桐生苗⑤

 苗は地道に訓練を続け、怪物とも何度か戦った。

 怪物の出現頻度は月に一度か二度で、そのすべてで人的被害を出すことなく怪物を斃すことができた。願いの力も順調に貯まっていき、物的損害の修理以外では使わずにいた。

 回数を重ねると、戦うことに慣れていくのがはっきりとわかった。初戦のような緊張はもう感じない。楽勝とはいかないまでも、落ち着いた対処ができるようになっている。

 だが、課題は中々解決されなかった。

 飛行はどうやってもうまくならなかった。これはもう才能の問題なのかと諦めたくなるぐらい、制御力が身につかない。訓練自体は続けているが、見込みは薄そうなことはリーフマンも遠回しに認めていた。

 固有魔法を使えばある程度のコントールはできるのだが、柔軟性のある動きはしづらい。が、自分で飛行するよりはこちらのやり方を訓練した方がまだマシではあった。

 強くなる、というのは曖昧で基準はない。リーフマンが決めることになるだろうが、それだといつ認められるかわかったものではない。この基準の決定を何度か提案してみたがはぐらかされるばかりだった。

 ならば、と苗も少しばかり勝手をさせてもらうことにした。

 苗の住む場所からほど近いところ――県としては隣になるが――にも、怪物と魔法少女が現れていた。ネット上の目撃情報もいくらかあるが、これだけで本人を特定するのは不可能だろう。もっとも、そんな簡単に特定できてしまえば自分のことも怖くなってしまうので少し安心してしまったが。

 また、日常も忙しい。魔法少女になったからと言って、学校で頼られることをないがしろにしていいわけもない。放課後に時間を割かざるを得ないこともあり、そうなると訓練の時間もとりづらくなる。かといって、怪物が出ればそちらを最優先せざるを得ない。

 苗はそのすべてを完璧にこなすべく全力を注いだ。いつも満足できる結果になるとは言えなかったが、少しでもそれに近づきたかった。どれかが中途半端になってしまえば、正しさを為すことはできなくなってしまうからだ。

 そうしているうちにあっという間に時間が過ぎていった。

 夏休みに入ると、より訓練の時間を取れるようになった。


「うわっ!」


 苗の体が木に激突する。衝撃とあまり耳にしない類の轟音に、頭が揺らされた。

 地面に落下して、ふらふらと立ち上がる。眩暈を振り落とすように頭を振って、ふぅと息を吐いた。


「平気かい?」

「うん……大丈夫」


 適当に応えて、再び空を飛ぶ。

 飛行の訓練をしているところだ。通常の制御はとっくに諦めていて、固有魔法を使ってコントロールすることに集中している。

 山を飛び回り、木々に結びを放ち体を寄せる。ぶつかる前に別の木に――ということを繰り返している。とっさの判断力を要求され、固有魔法の扱いも含めてかなり鍛えられている感覚がある。

 とはいえ難易度も高く、疲れてくるとすぐに切り替えきれずにぶつかってしまう。

 訓練を続けて、何度目かの衝突で休憩にすることにした。


「なかなかうまくいかないな……」

「良くはなってると思うけどね」

「まだまだだよ、もっとやれるようになれないと」

「キミは十分に頑張ってるし、やれることやれているよ」

「そうだといいけど……」


 嘆息する。もちろん、すべてに全力を尽くしてはいるつもりだ。

 けれど、結果が伴わなければ努力に意味なんてなくなってしまう。


「他の魔法少女ってどうしてるのかな」

「……こことそこまで変わるとは思えないね。力をつけることを優先してるんじゃないのかな」

「グレンたちも?」

「やつらのことはわからない」

「グレンたちのせいで怪物が出るようになったんでしょ? それで終わりってわけじゃないんじゃないの」

「それはそうだけど、それ以上となると難しいだろう」

「どういうこと?」


 リーフマンは羽をわずかに動かして答えた。


「前も言ったけど、ボクたちはもともと人間だ。この世界に来るにあたって、人間の姿のままではいられなくて存在を変換した」

「うん、それで魔力が回復できないって」

「そうだ。魔法少女を生み出せばもう魔法を扱うことはできない――グレンたちのうち、一人は怪物を生み出すように固有魔法を使用したんだろうと推測されている。グレンたちのうちどれだけ魔法少女を生み出したのかはわからないが、他に目立った動きもない以上固有魔法を取っておいてるってこともないとは思うんだ」

「なるほど……じゃあ、そのあとに何かやるとしたら」

「願いの力を使うと言うのが本命になるんじゃないかな」


 願いの力を使えばといえば簡単そうだが、そんなうまくはいかないだろうということは苗にももうわかっている。


「何をするにしたって、半端な量じゃ足りないでしょ?」

「ああ……」

「怪物だってそんな出るわけじゃないんだし」


 一つの地域で月に一度程度の出現率だ。一体を斃したところで、貯まる量はそれほど大きいわけでもない。


「今は願いの力を貯めている段階ってこと?」

「ここまで動きがないってことはそういうことじゃないかな」

「ふぅん……てことは、願いの力を欲しがってるってことだよね」

「この仮説が当たっていればね」

「横取りもありえるってことにならない?」


 苗の言葉に、リーフマンは羽を一際大きく動かした。

 苗が言ったのは、グレン側の魔法少女がたとえば苗のところの怪物を斃しに来るのかということだ。

 リーフマンはしばし黙り込んで、疑問そうに口を開いた。


「労力を考えれば割に合わないような気がするけどね。向こうにとっても危険があることだ」

「でもないとも言い切れないよね」

「まあね。警戒して損はないが、確率は低いとは思うよ」


 苗はもっともらしく頷いておいて、微妙に別のことを考えていた。

 魔法少女たちがお互いの接触を警戒しているのなら、苗の方から接触することも難しいかもしれない。

 だが、いずれは必ず必要になる。グレン側の魔法少女は集まっていないわけはない。一人でも仲間を増やすことができたら、そこからまた仲間を見つけることができる可能性はある。そうでもしない限り、グレンたちをどうにかするという目的を達成できないだろう。

 苗は自分の実力がどの程度に当たるのかは見当もつかない。他の魔法少女が戦っている動画はネット上に少しはあるが、きちんととらえられているものはほとんどないし判断材料にはならない。

 ある程度以上の実力がないと、仲間として認めさせることは難しいかもしれないし、なにより戦いに役に立てなくなってしまう。それではだめだ。弱い力しかなければ、正しさを為すことはできない。


「休憩終わり、再開するよ」

「まあ、ボクは見ているだけだけど」


 リーフマンの言葉は適当に流して、苗は飛行を開始する。

 今は訓練に集中しようと、手近な木に結びを放った。


☆☆☆


 夏休みも終わり、十月になった。

 状況は特に進展もなく、訓練と実戦を繰り返す日々だった。状況を動かすものをつかめないまままんじりともしないものを感じていたが、何ができるわけでもなかった。

 だが、そんな状況を一息を変える出来事が発生した。


「――なに、これ」


 ニュース映像を見ながら、苗はひきつった声を上げた。

 夕食中のテレビ映ったその映像は、苗のみならず母親の眉をしかめさせている。


『本日未明、航空中の旅客機が怪物の襲撃を受け墜落するという――失礼いたしました。ただいま入ってきた情報によると、魔法少女が怪物と交戦し旅客機を破壊〇〇県山中に墜落したとのことです』


 いてもたってもいられず、スマートフォンを手に取る。普段なら食事中のスマートフォンの操作は咎められるが、そんなことを気にしてもいられない。

 SNSではすでにこの話題で持ちきりだった。スクロールを続けていると、ある動画が見つかった。すぐに再生する。

 乗客が撮影しているもののようで、機内の様子が映されている。平和そうな、何事もない映像だが。

 不意に画面が大きく揺れた。乗客の混乱が大きいざわめきを起こしている。

 画面が窓を向いた。窓の外には、何かが機体に巻き付いている様子が映されていた。怪物だ。

 画面は激しく揺れ、聞こえる悲鳴も途切れなく続く。苗は唾をのみ、食い入るように動画を見つめる。

 一際大きいどよめきが起こった。聞き取れないような悲鳴ばかりだが、かすかに魔法少女という単語が聞き取れた。動悸を感じながら見ていると、また画面が動いた。

 窓の向こう、今度は怪物だけではなく別の姿も見えた。

 魔法少女だ。

 魔法少女同士では機能しない認識阻害も、直接でない限りは機能する。つまりは苗の目にもこの魔法少女には認識阻害がかかっていて、どんな顔をしているのかはわからない。

 けれど、同じ魔法少女だからこそわかることもある。この魔法少女は焦っている。当たり前だ。旅客機のスピードがどれぐらいなのかはわからないが、並の飛行では追いつけないことは苗にもわかる。怪物に襲われてスピードが落ちているとしても、難しいだろう。

 現に魔法少女は動画の視界から消えたり出てきたりしている。ついていくので精一杯なのではないだろうか。

 動画の揺れが激しくなった。魔法少女が現れていたことで雰囲気が変わっていたのだが、再び重たいものになっていくのが動画でも伝わってくる。

 スマートフォンを握る力が強くなる。ニュースでは、旅客機を破壊と――

 動画はずっと窓の外を映している。魔法少女にすべての希望を託すように、揺れる機体の中でしっかりと揺れを抑えて撮影しているようだ。

 旅客機に致命的な何かがあったのか、すさまじい音がした。旅客機が急降下していき、動画もまた大きく乱れた。

 ブレた動画の中でも窓の外はずっと映し出されていた。魔法少女が懸命についていきながら、何かを担いだ。


「え? まさか――」


 嫌な予感に、つぶやきをもらす。

 それはダメだ。正しくない――

 苗の予感を裏付けるように魔法少女が担いだものが明確に見えた。武器化された魔力だ。おそらく、槍のような。

 魔法少女はその槍を思い切り振り被った、その行為の先に何が起こるのかがわかって思わず制止の声をあげた。


「それはダメ!!」


 立ち上がって叫ぶ苗を、母親は驚いた表情で見てきた。そんなことには構っていられずに、スマートフォンの画面だけを見つめる。

 魔法少女は、魔力の槍を打ち放った。それは撮影している画面よりはやや左へ飛んでいき。

 直後、激しいノイズが流れて動画はそこで終了した。

 立ったまま、呆然と画面を見つめ続ける。どこから流れてきた映像なのかはわからないが、偽物にはとても見えなかった。

 その動画には、既に多くのコメントがついていた。見ている間にも、コメントの数がすさまじい勢いで増えていく。

 気持ちを奮い立たせて、コメントを表示させる。コメントをスクロールさせていき、あふれかえるコメントを眺めて――

 テーブルの上にスマートフォンを落とした。苗はふらついて、頭を押さえて座り込む。


「どうしたの、大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと具合悪いだけ」


 それは大丈夫じゃないだろう、と内心で突っ込みを入れる。自分でもわかりやすいぐらい動揺しているのが分かった。わかったところで動揺が収まるわけでもなく、何の意味もないのだが。

 食欲も消えていたが、なんとか箸を動かして食事を口に運ぶ。あまり味も感じなかったが、それでもなんとか食べ続ける。


(何が起こったの?)


 苗はショックで動かない頭をそれでも懸命に回していた。

 とてつもない嫌な予感が、泥のように全身にへばりつくのを感じていた。

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