5話 渚瑛子⑤
「瑛子、最近なんか明るいよね」
「え、そう?」
不意に向けられた言葉に、引き気味に応じる。
昼休みの教室、瑛子は仲の良い友人たちと机を囲んで話をしていた。
瑛子はクラスどころかグループの中でもあまり目立つ方ではない。自分が話すよりは友人たちの会話を聞いている方が楽しいというのがあり、また人と話すのはあまり得意でもない。五年生になったときに席が近いという理由だけでできたグループだが、瑛子にとって居心地の良い空間になっている。
友人の言葉をきっかけに、他の友人も賛同していった。
「うんうん、なんかいいことでもあった?」
「えと……」
いいこと、というかとても変わったことはあった。
「今見てるアニメ、面白くて」
瑛子の返事に、友人たちはきょとんとしてから爆笑した。
「ほんと好きだねー!」
「瑛子らしいけどね」
「あはは……」
誤魔化せたようで、力なく笑う。
魔法少女になりましたなんて、言えるわけがない。だが、周りから見ても明るいと言われるほど自分が変わっている自覚がなかった。
(浮かれてるのかな)
そうでなければいいけれど、言い切る自信もなかった。
☆☆☆
魔法少女になって一か月ほどが経った。学校も春休みに入り、明ければ六年生になる。とはいえそれはどうでもいい。五年生から六年生になることには、特に感慨もない。
重要なのは、休みになると自由な時間が増えるということだ。
「ふぅ」
「大分慣れてきたね、筋がいいよ」
「ほんと?」
ヒューガの褒め言葉に頬を緩める。ヒューガは訓練中に良く褒めてくる。瑛子にとってはやる気になれるし、良い先生だ。ただ、ついつい調子に乗りそうになってしまう自分もいるので気を付けないととは思っている。
訓練場所は最初に来た公園になっている。まだそれなりに雪が残っていて立ち入り禁止のままなので都合がいい。ただ管理者か業者がいるのをたまにみかけるので、注意はしなくてはいけなかったが。
雪壁に開けた穴を見つめる。初めて発動させた時より早く、威力も上がっては来ている。
魔力の武器化も飛行も、訓練すればするほど少しずつ上達する確かな手ごたえがあった。空を飛び魔法を放つ快感も含めて、瑛子を夢中にさせていた。自分は魔法少女なのだと強い実感があった。
(やっぱり浮かれてるのかな)
先日の学校での会話を思い出す。この訓練をはっきりと楽しんでいることを自覚しているので、やっぱり浮かれているのかもしれない。
ヒューガは雪壁の穴を見ながら満足そうに言ってきた。
「瑛子を選んだワタシの目に間違いはなかったかな」
「他の魔法少女も参考にできればいいんだけど」
「そうね……」
ヒューガは暗い声で同意した。これには理由がある。
ここ一か月で、新たに判明した問題があったのだ。
ヒューガは部屋にいる時は必ずパソコンを触っている。瑛子がアニメを見ているときは一緒になって見ていて、かなりハマったようだ。アニメ以外にも瑛子が登録しているサイトで見ることのできる映画やドラマなども積極的に見ているようだった。
そんなある日、ヒューガはあることを知った。
『ねえ瑛子、これってこの映画だけの描写なのよね』
ヒューガが見せてきたのは、世界を一周する内容の映画だった。
どういう意味かを問うと、ヒューガは明らかに困惑したようにうめいた。
『世界がこんなに広いわけないじゃない……?』
『どうして?』
『だってユービスは……』
要は、ユービスは世界全体で北海道程度の広さだということらしい。
この事実は瑛子にはそこまで重要なことだとは思わなかったが、ヒューガにとっては違った。
百人の魔法少女で、グレンたちと十人の魔法少女を探す。これを、世界の大きさがユービスと同程度という前提でヒューガは考えていたらしかった。
地球が北海道の何倍の広さかは瑛子は知らないが、とてつもないことだというのはわかる。
なかなか信じようとしないヒューガに根気よく説明を重ねると、ヒューガも現実を受け入れた。
『こんな広い世界で特定の人間を探すことは困難を極める』
というのがヒューガの結論だった。瑛子も同じことを思ってはいたが、ヒューガに何か考えがあると思っていたので改めての確認のような感覚でしかなかった。
これは同時に、仲間の魔法少女を見つけることも難しいことを示していた。百人が地球に散らばったと考えると、出会えるのは奇跡的な確率だ。この日本にも、瑛子しかいない可能性すらある。
それでも魔法少女は目立つだろうし接触は不可能ではないのではと瑛子は述べたが、ヒューガの意見は違った。
『どうして? インターネットとか使えば会うことできそうだけど』
『仮にそうしたとして、会う魔法少女がグレン側かどうかがわからないでしょ』
『あ、そうか』
『もしどこかに魔法少女にいるとわかったとしても、接触するのはかなり慎重にしなくちゃいけないってことになる』
『敵だったら……』
『仲良くお話ってわけにはいかないでしょうね』
という会話もがあり、しばらくは力をつけることを最優先とすることになった。これには瑛子も素直に従った。魔法の扱いが慣れてきているが、戦うとなると自分がどのぐらいやれるのか想像ができない。アニメのように行くことはないだろうが、少しでも近いところまでできるようにはしたい。
まだ怪物は出てきていない。ニュースサイトを気を付けてはいるが、あの怪しい情報以外は見つかっていない。本当にそんなものが出るのかも、瑛子には半信半疑だ。
「そろそろ切り上げようか」
「そうだね。帰ったら続き見るよ」
「はいはい」
頷いて帰路につく。続きというのは、アニメのことだ。ヒューガも魔法少女のアニメにはまったので、次々とシリーズを視聴していってる。自分が好きなものを気に入ってくれたことはとても嬉しいので、瑛子もつきあって一緒に見ている。
家に着くと、ヒューガはすぐに部屋に飛び込んでいった。
遅れて瑛子も部屋に入っていく。ヒューガはすでにパソコンを立ち上げていて、動画サイトを表示させていた。
「わたしは食事の支度をしてるから」
「はいはい」
ヒューガの明らかな生返事に苦笑して、上着を脱ぐと部屋を出て食事の用意を始めた。
魔法少女として訓練する日々も、既に日常のものとして慣れてきている。言い方はおかしいが、習い事を始めたような感覚だ。日常の家事や趣味に、訓練が入る。
今日は簡単なものにしようと冷蔵庫の食材を見て決める。麻美のためにも、栄養のバランスを考えたメニューにはしたい。
野菜を洗いまな板に置いたところで、ヒューガが部屋から(文字通り)飛んできた。
「瑛子、瑛子!」
「なに、動画止まったの?」
「そうじゃなくて、出た!」
「出たってなにが?」
作業の手は止めずに聞き返すと、ヒューガは一際大きい声で怒鳴り返してきた。
「怪物が!」
ことん、と包丁をまな板に置く。
とうとう、この時が来た。
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