3話 渚瑛子③
体の浮遊が止まらない。ゆっくりとしかし確実に、上に進んでいく。
「ちょっと、これどうしたらいいの!?」
「自由に飛んでる自分をちゃんとイメージして」
「そう、言われても……!」
今の段階でかなりパニックに近い状態だ。飛んでるというよりも、無重力に放り込まれたような。瑛子にはそんな経験はないが、そう感じた。
瑛子が頼れるのは、魔法少女アニメだけだ。だが飛行の段階でつまずいているアニメは瑛子の知識の範囲内にはなかった。
どうすればいいのかはわからないが、逆にちゃんと飛んでいる魔法少女の姿はわかる。アニメで飛行をこなす魔法少女はいくらでも見てきた。
かりんの動きを頭に浮かべていると、体の動きに変化が起きた。上に引っ張られる力が弱くなり、その場にとどまるようになった。少し遅れて、ゆったりとした浮遊感が体を包んだ。空中を軽く蹴るようにすると、望んだ方向へ少し進んだ。
ヒューガが顔の横に来て言ってくる。
「できたね、あとは慣れかな」
「すごい、飛んでる……」
「実感出てきた?」
「うん、本当に魔法少女なんだ……!」
次第にテンションが上がってきた。ぎこちないが空中を自在に移動できる爽快感はこれまでに感じたことがないものだ。
「じゃあ移動していこうか」
「移動?」
「ええ、今ならこれを越えていけるでしょう?」
ヒューガは雪壁を指し示した。そうだ、これの先に行こうという話をしていたんだった。
よし、と念じながら空を蹴る。ゆっくりとだが雪壁を越えて、その先へ進んでいく。
これはこれで目立ってしまいそうだが、見つからないことも念じて飛行していく。雪壁はずっと続いている。雪が積もってからまったく誰も足を踏み入れていないようだった。
飛行に気をとらわれすぎて、気づいていないことがあった。それをヒューガが指摘してくる。
「で、どこまでいくの?」
「えっと……」
誰も入っていないということは、どこまで行っても落ち着ける場所がないということでもあった。これではどこまで進んだところで一緒だろう。
考えていると集中が乱れた。バランスを崩して、雪の中に頭から突っ込んだ。
頭から突き刺さる形になって、足をバタバタとさせる。体を動かすほど雪に沈んでいく。いったん止まってみると、雪がほとんど冷たくないことに気が付いた。
「ここにするの?」
「さすがにわざと言ってるよね!?」
瑛子の抗議に、ヒューガはおかしそうにくすくすと笑った。
まったく、と手をついたところがまた沈み、肘まで埋まった。
「そういえば、寒くないし、冷たくない」
「変身すると様々な耐性がつくからね。熱いのもある程度は平気だし、ダメージも減るわよ」
雪に埋まってもなんともないことで、やっと変身をしているという実感がこみあげてきていた。いや、何も変わっていない自分の服を見ると多少実感も失せたが。
「ここにするよ」
「うん?」
「ここを掘れば周りからは見えないだろうし」
手を使って雪をかき分けていく。少し時間をかけて、なんとか自分が立てる空間を作ることができた。
よし、と仕切り直してヒューガに向き直る。
「それで、次は? 飛行の他にもできることってあるよね?」
「もちろんよ。使える魔法はどんな魔女でも4つ、そのうちの一つが――魔力の武器化」
「魔力の、武器化」
「ええ、飛行よりは難しいけれど大丈夫よ。説明するわ」
なんか本格的に魔法少女っぽくなってきたという期待感が強くなってきている。そのわくわくを胸に、ヒューガの説明を聞く。
「理屈は簡単で魔力を武器の形に作り変えるだけ。粘土をイメージするとわかりやすいわね。粘土はわかる?」
「そりゃあ、まあ」
授業で扱ったことぐらいはある。あまり得意ではなく、好きではないのだが。
「それなら話は早いわね。見えない粘土があると考えて、形にしていくの」
「見えない粘土……」
「魔力の武器化ができないと最低限の戦いすらできないからね」
ヒューガの言葉に、え、と思考が中断する。
(戦い?)
内心で疑問する。物騒な言葉だが、考えるまでもなくアニメの魔法少女も必ず敵と戦っている。瑛子だって、魔法少女の戦う姿も好きな要素の一つだ。
瑛子の動揺を知ってか知らずか、ヒューガの話は続く。
「最初に何か一つ、馴染みのある形にしてみるといいわね。何にする?」
「……えっと」
疑問をとりあえず脇に置いて、今はこっちに集中しようと考える。
考えるまでもなく、一つしか浮かんでこなかった。
アニメでかりんの戦う姿を繰り返し見て来た。その中で一番使われた技が、瑛子の答えだった。
「決めたよ」
瑛子の宣言に、ヒューガは頷いた。
「頭の中で形をイメージして、それが目の前にあると信じて。最初は時間がかかるものだけど焦ることはないわ。集中は切らさずに落ち着いてやって」
「わかった」
応えて、目標を定める。正面の雪壁だ。
具体的な形を自分ではイメージしなかった。ただ、目を閉じて脳に焼き付いているシーンを再生した。これまで幾度もなく見てきたかりんの戦う姿を。魔法少女マジカルかりんは戦闘描写も評判が高く、その部分で話題になったらしい。瑛子の好きな理由の一つでもある戦闘シーンは、その全てを浮かべることができる。
ヒューガの言うとおりに、焦ることなく脳内での再生を続ける。繰り返していくうちに、なんらかの手ごたえを感じた。体の中の何かが開いたかのような……
確信が瑛子を満たしていた。イメージは現実になる。練り上げたものを放つだけでそれは実現する。
目を開き、放つ。
瑛子の視界に軽い閃光が走った。直後、ぼすんという音とともに雪が舞い上がった。
すぐに舞い上がった雪もおさなり、瑛子の起こした結果が眼前に現れた。
瑛子の放った魔力が雪壁に穴を開けていた。
「今のは……何を作ったの?」
「砲撃……ビームみたいな感じのを作ってみたんだ」
「ふうん、そんなの武器化する人は見たことないわね。面白い、いいんじゃないかしら」
「でも……こんな程度?」
雪壁の穴を見て瑛子はうめいた。
雪は派手に舞い上がったが、成果と言えば雪壁に開いたわずかな穴だけだった。たぶん、バレーボールあたりを思い切り投げるのとあまり変わらないのではないだろうか。
「初めてはそんなものよ。どちらかといえば上出来な方じゃないかしら。イメージが固まりきってないだろうし、訓練で威力は上がっていくから」
「……そっか」
納得して頷く。訓練と聞くと瑛子の中の魔法少女っぽさがさらに刺激された。訓練をして、強くなって、魔法を自由に使えるようになっていく。そんな想像が瑛子に我知らず笑みを浮かべさせていた。
ヒューガは手をたたいて瑛子の注意を引き戻した。
「さて、次が一番重要な魔法、固有魔法になるわ」
「固有魔法?」
「そう、名前の通り各人固有の魔法のこと。それぞれ特有の性質の魔法を発現できるようになるわ。そして固有魔法は瑛子自身の魔力を使う」
「?」
じゃあ飛行とか魔力の武器化はどういうことなんだろうと思ったが、ヒューガの話が続いたためとりあえず飲み込むことにした。
「これは使おうとすれば使えるから。発動するまでは何が出てくるかはわからないけど、やってみよう」
「なんか怖い言い方……」
気後れするものを感じながら、発動させようと念じてみる。具体的なイメージ先がなく、どうすればいいのかがすぐに詰まった。
なんとなく右手を正面に伸ばす。何が起こるかわからないと言われると怖い気持ちが先立ってくる。
(固有魔法を……使う)
行為そのものを内心で唱える。なにか技名でもあればいいのにと思いつつ、構えた右腕に力を込める。どうしてだか、この構えで発動させるのが正解のように思えた。
構えた手から何かが放たれるのがわかった。びりっとしびれるような感覚に思わず手の平を覗く。
音がした。先ほどとは違う、雪が崩れ落ちるような音だった。え、と前方に視線を戻すと、雪の壁が崩壊していっているところだった。
雪壁が崩れるを見届けて、ヒューガに視線を転じる。肝心なところを見てなかったとも言えず、ヒューガの言葉を待つ。
ヒューガはなるほどね、とつぶやいた。
「瑛子の固有魔法――『破壊』っていうところかしら」
「破壊……」
物騒な単語だ。雪壁は破壊され、残った部分が支えきれずに崩れたのだろう。
あまりにも身も蓋もない力だなと納得いかなく思う。
「固有魔法は、本人の奥底が現れたものが発現すると言われているわ」
「どういう意味?」
「あなたの願望……あるいは本質かな」
破壊が、瑛子の願望?
否定の言葉がとっさに出てこなく、ショックに固まる。
瑛子は大人しい子供と言われている。実際そうで、癇癪を起したり暴れたりすることはずっとなかった。物を壊したりすることもなく、またそうしたいと思ったこともない。
だから、どうしても納得がいかなかった。
「わたしは別に壊したいなんて思ってないよ」
「……でも、戦うのに向いている固有魔法ではあると思う」
また戦うという言葉が出てきた。さすがにもう流しきれずに、ヒューガに問い質す。
「戦うって、誰と?」
不安に声が震えるのを自覚する。
ヒューガは表情を変えることもなく、短く答えた。
「怪物」
「怪……物……?」
その響きを確かめるように単語を繰り返して口にする。納得できるようで、まるでできなかった。怪物が実在するとすれば、戦うのは魔法少女しかいないのかもしれないが……
けれど、同時に他の疑問がいくつも湧いてくる。
しかし瑛子はその疑問を、一つたりとも口にはしなかった。
魔法少女となり宙に浮き、魔力の砲撃で雪壁を穿ち、破壊までしてみせた。加えて、空を飛び言葉を離す青の兎。
正直、そろそろ受け止めるには十分すぎる負担になっていた。
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