30.バカバカバカバカ!
英斗は首をブンブンと振り、後ろ向きな発想を振り払う。
ネガティブな思いに負けないためには希望を追うしか道はない。たとえ可能性がほとんど無くても、今はレヴィアの無理筋のプランに乗る以外道はなさそうだった。
英斗は自分の頬を両手でパンパンと叩き、気合いを入れなおすと、紗雪の手を取り、うるんだ瞳を見つめ、
「大丈夫! 女神さまに地球を再生してもらおう」
と、笑みかける。
紗雪は口をとがらせベソをかきいていたが、他に道が無いことも分かっているのだろう。ゆっくりとうなずいた。
「『できる』と思っていれば道は開けるよ。一緒に頑張ろう」
英斗は必死に鼓舞する。我ながら無責任なことを言っているとの自覚はある。しかし、中途半端な取り組み方では絶対に上手く行かない。やると決めたら全力でやる以外ないのだ。
しかし、紗雪は無言でうなだれている。
英斗は大きく息をつくと紗雪を自分の方へと向かせ、やさしく両手で抱き着いた。
えっ!?
小声で驚く紗雪。
「大丈夫、僕がついてるよ」
耳元でそう言って優しく紗雪の黒髪をなでた。ふんわりと柔らかい柑橘系の香りに包まれながら、ちょっと調子に乗りすぎてしまったかと英斗は苦笑する。
紗雪はキュッと口を結ぶと、静かにうなずいた。
群青色から茜色への美しいグラデーションの夕暮れ空を風が踊り、サワサワと木々の葉を揺らしていく。
故郷を失い、たった二人の日本人となった二人はお互いの体温を感じながら底なしの不安に何とか抗おうと必死にもがいていた。
◇
やがて紗雪が大きく息をつく。こわばっていた身体からも力みが抜けたようだった。
「あの……」
紗雪が真っ赤になって口を開いた。
「どうした?」
紗雪は英斗の手をギュッと握り、
「私、英ちゃんにひどいこといっぱいしちゃった……」
と、小声で言うと胸に顔をうずめた。
英斗はそのしおらしい紗雪を見て、こみあげてくるおかしさをこらえきれず、クスクスと笑った。
「な、何がおかしいのよぉ」
紗雪は泣きそうな顔で英斗をにらむ。
「ごめんごめん。僕はそんなこと全く何にも気にしてないんだよ。紗雪は僕のところに戻ってきてくれた。もうそれだけで十分なんだよ」
英斗は優しい目で紗雪のほほをなでた。
紗雪はボッと一気に顔を真っ赤にすると英斗の胸に顔をうずめ、
「バカ!」
と、照れ隠しに怒った。
英斗は顔いっぱいに幸せを浮かべ、サラサラとした美しい黒髪を優しくなでる。絶望の中でただ一つのよりどころとなってしまった紗雪。こみあげてくる限りない愛しさに英斗はしばらく言葉を失い、ただじんわりと伝わってくる紗雪の体温を感じていた。
紗雪がいなければ今頃日本で魔物たちに殺されていただけの人生だったが、いまだに生きながらえて大逆転のチャンスをうかがえている。見方によってはそれはまさに奇跡だった。
「もしかして……」
紗雪はピクッと動いてつぶやく。
「え?」
「あの時、寝たふりしてたでしょ?」
紗雪はジロリと英斗を見上げた。
「あ、あ、あの時って……どの時?」
英斗は紗雪の気迫に気おされ、しどろもどろに返す。
「『どの』って……。もしかして全部!?」
真っ赤になる紗雪。
「い、いや、そのぉ……」
「バカバカバカバカ!」
紗雪は英斗の胸をベチベチと叩いた。
「ごめんごめん。なかなか言い出せなくてさ……」
紗雪は口をとがらせ、涙目で英斗をにらむ。
英斗はそんな紗雪を限りなく愛おしく感じ、ニコッと笑うとそっとすべすべのほほをなでた。
紗雪はピクッとして恥ずかしそうにうつむく。
「ごめんね」
英斗が耳元でささやくと、紗雪は英斗を見上げた。
キュッキュと澄み通るこげ茶色の瞳が動き、英斗はそのギリシャ彫刻のような端正な紗雪の美貌に引き込まれていく。
次の瞬間、紗雪はそっと目を閉じた。
英斗は一瞬驚き、困惑する。
これは……、そう言うことなのだろう。
おねだりするかのようにぷっくりとした紅い唇がかすかに動く。
早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、英斗は大きく息をつくとそっと唇を近づけていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます